時は平成、俺が19際の時です。
親に反発して自分のやりたい学業をするために一浪して入った3流大学。
この大学で妻にであったことが私に人生最大の幸運でした。
>俺「こんにちは、はじめまして。」
>妻「…はじめまして。」
>俺「同じ班になった夫です。今日は一日よろしくお願いします」
>妻「…よろしくお願いします。」
>
>大学の入学オリエンテーションにて始めて妻と会話した。
>最初の印象は「人付き合い苦手そうな子」だった。奥手過ぎると。
>
学科は二人とも心理学部。
「俺は心理カウンセラーになりたくてこの学部に来た」とか「大学でどのサークル入るつもり?」とか各々が話している中で、妻は一人恥ずかしそうにしていた印象しか正直無かったです。
その、引っ込み思案で断わり切れない性格がのちに数々の波乱を起こすこととなる。
波乱1「宗教勧誘」
しつこい宗教勧誘にあって「嫌です。やめて下さい」というセリフが弱すぎて学校内まで付け回される。
対応:宗教勧誘をとっ捕まえて2時間程説教。念書を書かせて学校内から駆逐。
波乱2「ストーカー」
妻は特段可愛くないが、物言いが柔らかいので勘違い系キモオタから「こいつは俺に気がある」「押し通せばヤレる」と思われていたらしく、度々ストーカーが出現。
対応:ストーカーに世の中の常識をあらゆる手段で叩き込んだ。
その3「失神」
緊張からの失神がある。飲み会で「一気一気!!」と言われて飲まずに失神とかがあった。
対応:介抱
などなど。この波乱の話だけで1日じゅう語れる程ある
余談ではあるが、当時俺は学生自治会の所属であったため、学内治安から上記のような行動が取れた。
別に妻だけ特別扱いをしていたわけではない。
というか「また、君か!」と正直うっとおしかった。
そんなこんなで、大学3年までがすぎて行く。その頃の妻とは「犬と飼い主」のような関係だった。当時俺にも彼女がいて嫁を女として、いや真人間として見てなかった。
大学4年の時、少々変化がある。
大学4年と言えば、単位は十分に取り必修科目と卒論と就活くらいが世の常だが、それに乗り遅れた男がいた。
俺だ
自治会活動と学費を稼ぐバイトの為に卒業単位がギリギリだった。ええ、そうです、言い訳です。
就職しながら、バイト(8時間夜勤)、一つも落とせない授業、卒論。
平均睡眠時間は一日2時間程。
俺は死にそうになりながらこなしていった。
しかし、体力は無限ではない。3ヶ月もすると俺はボロボロになっていた。
???「私が代わりに授業出席してあげるよ。だから、少し休んで。倒れちゃうよ?!」
意識のはっきりしない頭で青の声の方を向くと、妻が心配そうに微笑んでいた。
俺「いいのか?」
嫁「あら、私の成績知ってるでしょ?」
俺「そうじゃなくて、悪いじゃん」
嫁「恩返しだと思ってやらせて、ねっ?」
俺「…悪い。お願いします。」
嫁「はい、お願いされました」
正直心の中では「でかした!!ポチ!!」
とかとんでもないことを考えていた。
この件をきっかけに、妻は度々授業を肩代わりしてくれるようになった。
また、学科長のゴリ押しのコネもあり順調に単位を取得して行った。
俺「今日もお願いします。いつも悪いな」
嫁「いいの好きでやってるから。一緒に卒業しようね」
こんなやり取りが当たり前になってた年明けの1月。
俺に事件が起こることになる。
2年半付き合っていた彼女に振られたのだ。
理由は「子供ができたから」だった。
問い詰めるとイロイロ話してくれた。
「男としての魅力がなくなった」
「会長じゃなくなったら要らない」
「他にも4人ときあってた」
「その中の医者との間に子供ができた」
などなど。
気づかなかった俺も相当馬鹿だが。
ありていにいうと「遊ばれてた」のだ。
付き合ってるとか舞い上がってたのは俺だけだったのだ。
身体的限界と精神的ショックで緊張の糸が切れたのだろう、後期試験を目前にした2月10日、夜勤の勤務中に血を吐いて救急車で運ばれる。意識が戻った2月15日。
後期試験は終了。俺の留年が確定した。
決まっていた就職先も、
無理を言って進学した大学も、
会長として築いた実績も、
一緒に頑張ってきた仲間も、
後押ししてくれた学長の信頼も、
彼女も…
俺はすべて失った。
プライドの高い俺には耐え切れなかった。
俺(こんなに惨めなら、こんなにダメな自分なら、いっそ消えてしまいたい!!)
ガラッ
嫁「こんにちは、一日遅いけどバレンタインおめでとう」
病室に妻が来た。
俺:「……帰れよ」
嫁:「…うん。帰る…ね。元気の素は甘いものだから食べれるようになったら食べてね」
俺:「………。」
妻:「じゃぁね」
入れ違いに実家から母親が病室に入って来た。
母:「心配はして無かったけど、無事で何よりね。今の子が彼女?感じ変わったわね」
そのセリフは一番聞きたくなかった。
母「留年でしょ?だから薬学部に入りなさいって言ったのに!入院したんだから学費も稼げないでしょ?薬学部に入り直しなさい!あなたは長男なんだから、家業を次ぐ義務があるのよ!!アパートも引き払うから」
これだけを言い残し母は病室を後にした。
入院は1週間で終わり、入院中も妻を含めて友達が見舞いに来てくれたが、合わす顔がなく素っ気ない対応でいた。
退院した日、友達の車に乗ってアパートに帰ると、何もかもが無くなっていた。
母は本気だったのだ。