第10章 初ディレクション
当時の俺は仕事に夢中だった。
もう二度とミスはしたくない。
そして川田さんの演出を盗みたい。
これしか頭に無かった。
実際川田さんは演出においても大雑把であった。
手を抜くべきところは抜きまくる。
しかし重要なポイントは他のスタッフが疲れていようが
なんだろうが必ず押さえる。
そしてそのポイントは必ず必要な部分なのだ。
俺は川田さんのフォローに必死になった。
この人は突然とんでもないことを言い出す。
「二宮~。その辺の民家からチャリパクってきて~。なんか急にチャリ使った
演出がしたくなった」
え・・・。台本に無いじゃん!そんなの。
とは思わない。
ディレクターが必要だと思えば必要なのだ。
そして俺の仕事は「チャリの入手」になるのだ。
そんなある日俺は南さんに呼び出された。
南さんは言った
「二宮ってディレクターやりたい?」
え・・・?
「今度川田ちゃんが別の仕事入っちゃってさぁ。
お前ディレクターやる?」
そ・・・そんな簡単なものなのか!?
「やらないなら別の人間探すけど」
返事なら決まってるだろがっ!
「やります!一生懸命やりますのでやらせて下さい」
こうして俺の初ディレクションは決まったのである。
なんともいい加減なものだ。
ロケは3日後。俺はこの仕事に全てを掛ける。
尺(O.A時間)が60秒のパブリシティである。
某ピアノ会社の展示場に赴き
そこの支配人がオススメする
数台のピアノをアピールするのもだ。
俺は川田さんに電話をした。
「川田さん。俺・・・俺とうとう・・・初ディレクターです!」
川田さんはあまり関心が無いのか
「そか。おめっとさん」と言うだけだ。
しかしこの興奮は止まらない。
「俺・・・川田さんのお陰で・・・初めて。初めて」
「いや・・・ムサ苦しいって・・・」
「ありがとうございます川田さん!」
「え・・・。俺なんもしないけど。ああ良かったな」
それから俺は今回の作品のあらましを川田さんに説明した。
「なんか注意点ありますか?」
「へ・・・?なんもないよ。そんなクソみたいな仕事・・・」
「お願いします。なんかお願いします」
川田さんはう~んと唸って一言
「カメラマンには60秒以上カメラ回してもらえ。んじゃなんとかなるわ」
俺は「ありがとうございます!ありがとうございます!」と言って電話を切った。
アホである。
ロケ日まで3日。
俺は毎日23時まで台本を書いた。
何度も何度も書き直した。
ちなみに今の俺なら30分で書ける台本である。
当時はウブだったのだ。
そして技術クルーは会社でも怖いと評判の大宮さん。
そして音声は偶然にも渡辺だった。
渡辺はロケ車の中で「初ディレクター頑張ろうね!」と言ってくれた。
展示場に到着する。
支配人に挨拶だ。これも制作の仕事。
「ディレクターの二宮です」
少し恥ずかしい。
でも嘘は言っていない。
支配人がオススメのピアノを教えてくれた。
どれも年代物であろうか。
その重厚さはひしひしと伝わってきた。
大宮さんが無言で撮影に入る。
こうなると渡辺も必死だ。
少しでも助手の動きが遅いと怒鳴る。
それが大宮さんなのだ。
撮影が熱を帯びてくる・・・。
大宮さんは年代物のピアノを相手に格闘している様に見える。
渡辺も必死だ。
大宮さんが次に何を求めてくるか?
それを頭の中で考え
大宮さんの一挙手一投足を見逃さないよう神経を集中している。
俺だって同じだ。
たとえカメラマンが怖い大宮さんだって
自分の演出をしたい!後悔だけはしたくない。
自分なりの言葉で欲しいカットを必死に大宮さんに伝える。
緊迫した状態で撮影が進む。
その時・・・。
入り口の方でで陽気な声が聞こえた。
振り向くと川田さんがいた!
「撮影のスタッフですー」と受付の人に説明している。
なんで?なんで川田さんがここに?
だってこの人は別の撮影があるじゃん。
だから俺にお鉢が廻ってきたんだろ?
川田さんが言った。
「俺の撮影が早く終わって暇だったから来ちゃった」
(末端のAD=アシスタントなんて名前だけでただの雑用)
新卒がディレクターとかやらせて貰えるもんなの?
簡単な撮影とはいっても。
お。業界人?
この仕事は今にしてはクソだったからねww
(でも大事な仕事だよ)
ある程度台本が書けて
カメラマンが30分も回してくれたら
だれでも繋げる(編集)できるよ
その変わり雑用に従事してたら出来ないかな?
俺は自分の時間削って台本の練習したし
川田さんの撮影は全神経を集中して
演出を盗んだ。
ただの雑用係はDになれない。
これ俺の持論
「川田さん・・・・」
俺は泣きそうになった。
本当は不安で一杯だったんだ。
川田さんのようなベテランなら
クソみたいな仕事かもしれないけど
俺はすごく不安だったんだ。
「二宮に仕事盗られたなぁ。明日から生活苦しいべ」
照れ隠しをしているのだ。
川田さんはフリーだ。
正規の仕事でない以上はここまでの交通費だって自腹だ。
そして・・・
俺がこのままディレクターになってしまえば仕事を1つ失う。
それでも俺を心配して駆けつけてくれたのだ。
俺は必死になって頑張った。
川田さんに見てもらうために。
一度は廃人になった俺を蘇生させてくれた
川田さんに報いるために。
撮影中川田さんは黙って俺を見ていた。
いちいち口出しをしないのも
いかにも川田さんらしい。
川田さんは以前に言っていた。
「撮影はな。ディレクターが主役なんだぜ。カメラマンじゃない
ディレクターが主役の舞台なんだよ」
技術系の人間が聞いたら「ちょっと待て」と言いそうな言葉であるが
川田さんは俺の舞台をただ見守ってくれた。
俺の舞台に土足で踏み込むマネはしなかったのである。
撮影終了。全てを出し切った。
カメラマンに臆することなく
欲しいカットは全て注文した。
やったぞ!俺はやったぞ!
俺はしばしこの感動を噛み締めていた。
川田さんが俺に近づいてきた。
「お祝いしなきゃな。キャバ行っとく?」
俺はその日の夜、川田さんとキャバでお祝いをし
ほろ酔い気分で帰宅した。
マンションのゴミ置き場に人影が。
ドキッ・・・。まりあだ!。
「ども・・・こんばんわ。ゴミ捨て?そうだ明日ゴミの日だよね。
俺もゴミ出ししなきゃ」
意味不明な言葉しか出て来ない。
まりあはそんな俺に冷めた視線を向けて。
一言「そうだね。」
重いぞ。空気重いぞ・・・。
それもそのはずである。
例の紙切れの一件以来まりあとは会っていなかった。
なんとなく会い辛かったのだ。
仕事も忙しかったし・・・。
なにより
「なぜ新田なんですかっ!?」
の上手い返事が思いつかなかったのだ。
2人でエレベーターを待つ。
タイミング的に別々の方がおかしい。
無言・・・。
何か話さないといけない。
この重い空気にも耐えられないし
なにより仲直りしたい。
でも俺が謝るのもなんか変だ。
「そ・・・そうだ。今日俺さぁ。初めてディレクターしたんだ」
こんな話題しか思い浮かばない。
驚いた顔で俺を見るまりあ。
「たった60秒なんだけどさぁ。撮影で緊張しちゃってさ・・・」
まりあの反応が変わった。
「え。すごじゃん!ディレクターなんて!放送はいつなの??」
今でもこういった反応は苦手です。
ディレクターなんてただの映像オタクにしか過ぎません。
俺からすれば知らない人に物を売りつける
営業さんのほうが宇宙人です。
「え・・・と。一週間後の19時54分」
パブリシティとはこういう変な時間に放送されているのだ。
「すごい!すごい!」
自分のことのようにはしゃぐまりあ。
やっぱり可愛すぎるな。お前
さすがに眠いです。
今日は皆さん寝ましょうか。
また明日会いましょう~。
あれ。眠れない
眠れないから仕事の台本を書く。
2ちゃんの文体から
台本の文体の戻らない俺ww
しばし悩む。
誤字発見
>>381
渡辺は仕事は同期だ。×
↓
渡辺は仕事の同期だ。○
まとめ職人さん訂正頼みます。
その他の誤字脱字も訂正頼みます。
仕事に戻ります。
みなさんお休みなさい
ちょっと風呂入ってきますわ。
読んでて下さいまし
「その日だとバイトないから、私の部屋で一緒に放送観ようよ!」
マ・・・マジっすか!?
もう怒ってないのですか?
何があっても行きますよ!
「いいの?お邪魔しちゃって」
顔がニヤけてくるのが自分でも分かる。
頑張れ俺の顔面。
「うんうん。もちろんだよ。みんなで観ようよ!」
うん。うん。観よう!観よう!みんなで。
へ・・・?みんな??
「油田くんも誘っておくからさ♪」
油田・・・ですか。その子いらない子・・・。
「60秒だとすぐ終わるから録画して何度も見ようね!」
「う・・・うん。そうだね」
なんにしても仲直りのキッカケにはなりそうだ。
公私ともにいいことづくめで怖い。
別れ際に言ってみた。
「おやすみ。まりあ」
「おやすみなさい。光輝くん」
あの笑顔が帰ってきた!
最高に可愛いあの笑顔が。
俺は自分の部屋に入ると
「よっしゃーー!!」とガッツポーズをした。
次の日から俺は編集作業に入った。
いくら撮影が無事済んでもここで気を抜けば元も子もない。
まずはオフライン編集。
簡単にいうと撮影した映像を大体の順番に並べて
簡易編集機でザックリと60秒前後にまとめる。
またの名を仮編集という。
今なら2時間もあれば余裕で終わるこの作業を
俺は丸2日を掛けてこなした。
自分が納得いくまで何度も何度もやり直した。
これが俺のデビュー作になるのだ。
いい加減な出来では
今度いつディレクションをさせてもらえるか分からない。
そしてこれはお茶の間に流れるのだ。
不特定多数の人間が目にする
。
誰も注目なんかしないかもしれない。
でもその時間そのチャンネルをつけている人間は数万人いる。
(視聴率は1%で数万単位になる。地方により違うが)
誰かは真剣に観てくれるかもしれない。
そしてなによりまりあが観てくれる。
まりあには俺が全力で作ったものを観て欲しい。
俺はオフライン編集に没頭した。
そして次の日オンライン編集(本編集)に臨んだ。
これは自社では出来ない。
ポストプロダクション(編集屋)で行う。
撮影が成功してもオンラインでダメになることもある。
逆もまたしかり。
つまりこの作業で作品の良し悪しは決まるのだ。
ポスプロにはプロの編集マンがいる。
自分のしたい演出を必死で言葉にして伝える。
たかが60秒のパブでなにを必死に・・・。
編集マンはそう思ったかもしれない。
しかし関係ない。最後の最後で後悔してたまるか!
無事に画が繋がった。
ここに別撮りしていたナレーションを被せる。
これで全体像は完成だ。
最後の最後。MA作業で作品は完成する。
MAとはBGMやSE(効果音)そしてナレーションを入れる作業である。
今回ナレーションは編集で入れたのでOK
SEはプロに任せた。
そして選曲マンが今回の作品に合いそうなBGMを5~6曲
用意してくれた。
その中から俺が1曲を選ぶ。
ディレクターの醍醐味ともいえる瞬間だ。
BGMは作品全体の雰囲気を作る大切なものだ。
慎重に選になる。
俺の選んだ曲を映像とMIXする。
これでとうとう俺のデビュー作が完成したのだ。
「プレビューしますね」MAマンが言う。
緊張の一瞬だ。
完成作品が目の前の画面に映し出された。
60秒の時間があっという間に過ぎていく。
MAマンが訊ねてくる「どうでしょうか?」
俺は万感の思いを込めてこう言った。
「OKです」
二宮俺とタメwwwwww
そして俺も映像関係の自営業wwwwww
今も事務所で編集中wwwwww
運命感じていいですか?うほっww
遅くまでお疲れです。
くれぐれも体に気をつけて!
ってか俺らの場合は精神崩壊が先かもねww