578:名無しさん@おーぷん : 2014/08/23(土)10:52:01 ID: ID:NHt9m1yzv
父方の祖母が末期がんで非常に苦しんで死んだので延命措置はしないでほしいと、
父親から言われていた。
姉2人と兄1人は遠方で住んでいて、実家の近くに住んでいたのは私だけだったので、
必然的に私と母で、父の介護をしていた。
入院してたこともあって、一般で言われるほど大変な介護ではなかったけど、
非常にさびしがり屋な人だったので、毎日顔を見せに行って、時間のある時は一緒に
食事をとったりと父が入院しているときは自分の時間はほとんどなかった。
姉たちは遠方ということもあって電話はしてくるけど、見舞いになんて数えるほどしか来なかった。
ある日、母親が父の着替えを取りに行って銭湯でちょっとゆっくりしてくるから父といてやってくれ
と頼まれて私が父と2人きりの時に父の容体が急変して、心肺停止になった。
医者からは家族が私以外以内から強心剤を打つかどうか聞かれたんですが、私は断り
そのまま臨終となった。
それまでは父が延命だけはしないでくれという言葉に残りの家族は同意をしていたのに、
そのまま父を行かせたことを、兄弟だけでなく母からも責められた。
最後に生きてる父に会いたかったと言ってひどくなじられたときが修羅場だった。
葬式が住んでしばらくしてから謝罪され、許したふりはしたけど心の底では許せなかった。
最近になって母が体調を崩して入院したけど、病院には行っていない。
母から連絡があったのだと思うけど、兄弟から母の様子を見に行ってほしいとの連絡があったけど、
また父の時のようになるのが嫌だからと断った。
遠方の兄弟のことは心配して、季節になると食べ物を送ったりお金を送ったりして
私には感謝の言葉すら出し惜しみしていた母のことを心のどこかで恨んでたんだと思う。
決して母のことが嫌いだったわけではないのに、このまま何も言わずに姿を消そうかと考えてる自分の心が恐ろしい。
今も電話が鳴ってる。たぶんは母か兄弟からだと思うけど、このまま放っておこうと思う。
父親から言われていた。
姉2人と兄1人は遠方で住んでいて、実家の近くに住んでいたのは私だけだったので、
必然的に私と母で、父の介護をしていた。
入院してたこともあって、一般で言われるほど大変な介護ではなかったけど、
非常にさびしがり屋な人だったので、毎日顔を見せに行って、時間のある時は一緒に
食事をとったりと父が入院しているときは自分の時間はほとんどなかった。
姉たちは遠方ということもあって電話はしてくるけど、見舞いになんて数えるほどしか来なかった。
ある日、母親が父の着替えを取りに行って銭湯でちょっとゆっくりしてくるから父といてやってくれ
と頼まれて私が父と2人きりの時に父の容体が急変して、心肺停止になった。
医者からは家族が私以外以内から強心剤を打つかどうか聞かれたんですが、私は断り
そのまま臨終となった。
それまでは父が延命だけはしないでくれという言葉に残りの家族は同意をしていたのに、
そのまま父を行かせたことを、兄弟だけでなく母からも責められた。
最後に生きてる父に会いたかったと言ってひどくなじられたときが修羅場だった。
葬式が住んでしばらくしてから謝罪され、許したふりはしたけど心の底では許せなかった。
最近になって母が体調を崩して入院したけど、病院には行っていない。
母から連絡があったのだと思うけど、兄弟から母の様子を見に行ってほしいとの連絡があったけど、
また父の時のようになるのが嫌だからと断った。
遠方の兄弟のことは心配して、季節になると食べ物を送ったりお金を送ったりして
私には感謝の言葉すら出し惜しみしていた母のことを心のどこかで恨んでたんだと思う。
決して母のことが嫌いだったわけではないのに、このまま何も言わずに姿を消そうかと考えてる自分の心が恐ろしい。
今も電話が鳴ってる。たぶんは母か兄弟からだと思うけど、このまま放っておこうと思う。
580:名無しさん@おーぷん : 2014/08/23(土)11:29:43 ID: ID:a2rKyswtg
>>578
気持ちはわかるよ。親に悪意はなくても、子供の側は差別された事は覚えている。
ずっと意識していなかったのに、何かの事件で急に思い出して忘れられなくなるんだよね。
私もさぁ、まとめサイトで呼んでた記事でさ、自分の子供時代を思い出してオイオイ泣いちゃったのよ。
よく搾取子とか言われるような子供の話で、別に親は搾取要員にしようと育てたわけでもないと思う。
私も家庭の事情と時代の関係でそうなったんだろうけど。でも、あれ、これ私の話???って思った。
そのあと別の記事で、また別の子供時代の事がフラッシュバックしてきちゃって、また泣いた。
自分が子育てしている時にも思い出さなかったのに、子供時代ぼんやりと寂しいと思っていた事を
思い出しちゃってね。今でも当時も仕方なかったんだと思うんだよ。でも寂しかったんだよ。
578のお母さんは身近にいる578には感謝する事も忘れちゃったし、頻繁に会えるから特別な事を
する必要も感じなかったんだよね。同居のお嫁さんが何をしても当然で、たまにくる遠方のお嫁さんの
お土産にやたらと喜ぶタイプの姑さんと同じようにね。
一つだけ忠告出来るとしたら、「親孝行したいときには…」にならないようにね。
もしも亡くなってしまった時、後悔してもどうにも出来ないんだよ。それを一生負い目として
自分の中にため込んで生きていく事になる。
お香典の額に迷ったら、どうするか?
結婚祝いは後からフォローできるけど、香典は次がないから大きい金額を包む。
死んでしまった人には次はない。
お母さんの為というよりは、あなたの為に、見舞いに行く事を勧めるよ。
気持ちはわかるよ。親に悪意はなくても、子供の側は差別された事は覚えている。
ずっと意識していなかったのに、何かの事件で急に思い出して忘れられなくなるんだよね。
私もさぁ、まとめサイトで呼んでた記事でさ、自分の子供時代を思い出してオイオイ泣いちゃったのよ。
よく搾取子とか言われるような子供の話で、別に親は搾取要員にしようと育てたわけでもないと思う。
私も家庭の事情と時代の関係でそうなったんだろうけど。でも、あれ、これ私の話???って思った。
そのあと別の記事で、また別の子供時代の事がフラッシュバックしてきちゃって、また泣いた。
自分が子育てしている時にも思い出さなかったのに、子供時代ぼんやりと寂しいと思っていた事を
思い出しちゃってね。今でも当時も仕方なかったんだと思うんだよ。でも寂しかったんだよ。
578のお母さんは身近にいる578には感謝する事も忘れちゃったし、頻繁に会えるから特別な事を
する必要も感じなかったんだよね。同居のお嫁さんが何をしても当然で、たまにくる遠方のお嫁さんの
お土産にやたらと喜ぶタイプの姑さんと同じようにね。
一つだけ忠告出来るとしたら、「親孝行したいときには…」にならないようにね。
もしも亡くなってしまった時、後悔してもどうにも出来ないんだよ。それを一生負い目として
自分の中にため込んで生きていく事になる。
お香典の額に迷ったら、どうするか?
結婚祝いは後からフォローできるけど、香典は次がないから大きい金額を包む。
死んでしまった人には次はない。
お母さんの為というよりは、あなたの為に、見舞いに行く事を勧めるよ。
596:名無しさん@おーぷん : 2014/08/23(土)17:36:38 ID: ID:ywV96ktWG
578さんは他の兄妹と違って親からの頼み事を断ったり嫌がったりしないタイプなんじゃないかな?
その様な子って親は扱いやすいから言い様に使ってしまい、それが当たり前の感覚になってしまうのよね。
相手は無意識でやってるのかもしれないけど、やられて来た方はたまったもんじゃないよね。578何も悪くないのだから自分を責める必要は無いよ。
謝ればすべてが許されることでは無いのだから、会いたくないなら拒否して良いと思う。
580さんの言ってることは人として素晴らしいとは頭では理解できるけど、同じような経験をした私は最後の時まで都合よく使われると考えてしまうから会わずに済ますつもりです。
その様な子って親は扱いやすいから言い様に使ってしまい、それが当たり前の感覚になってしまうのよね。
相手は無意識でやってるのかもしれないけど、やられて来た方はたまったもんじゃないよね。578何も悪くないのだから自分を責める必要は無いよ。
謝ればすべてが許されることでは無いのだから、会いたくないなら拒否して良いと思う。
580さんの言ってることは人として素晴らしいとは頭では理解できるけど、同じような経験をした私は最後の時まで都合よく使われると考えてしまうから会わずに済ますつもりです。
645:名無しさん@おーぷん : 2014/08/24(日)20:54:43 ID: ID:0eAsCC3Rx
>>578さんみて自分の母親のこと思いだした。
私の両親は私が大学生の時に離婚したんだけど、離婚の理由が兄の延命治療だった。
兄は私より2歳上で、死んだのはちょうど大学を卒業する頃で、
友達とスノボをしに行った帰りに事故を起こして意識不明の重体になった。
すぐに連絡があって家族で駆け付けたけど、人工呼吸器がないともうだめだと言われ、何時間だったか忘れたけど
その時間内に人工呼吸器を外すかどうかの決断をしてくれって言われた。
今外さないと後になって外すことはできなくなるからよく考えてってことだったんだけど、
母親は絶対はずさないといったんだけど、父親はまだ若いから今外してやらなければこのまま人形みたいにずっとここでいなくちゃならないんだぞ。
って母親と私に言った。その時母は気が狂ったみたいになって、私に掴みかかって、
お前がお兄ちゃんと替われって言ってめちゃめちゃに殴られた。
父と看護婦さんがとめてくれたけど、母はお前が事故に遭えばよかったんだ。って何度も言ってた。
兄を溺愛してたからまあ仕方ないなとは思ったけど傷つかないわけじゃなかった。
結局兄の人工呼吸器は外した。
それからは、母は父に人殺し、人殺しと毎日言い続けて結局両親は離婚して、私は大学の近くに一人で暮らし始めた。
最近になって母親から、電話がかかってくるようになった。
さびしいんだと思うけど、母の声を聴くとあの時のことを思い出してそっけなくなってしまう。
多分私も 578さんみたいに母のことは嫌いじゃないけど、許せないんだと思う。
私の両親は私が大学生の時に離婚したんだけど、離婚の理由が兄の延命治療だった。
兄は私より2歳上で、死んだのはちょうど大学を卒業する頃で、
友達とスノボをしに行った帰りに事故を起こして意識不明の重体になった。
すぐに連絡があって家族で駆け付けたけど、人工呼吸器がないともうだめだと言われ、何時間だったか忘れたけど
その時間内に人工呼吸器を外すかどうかの決断をしてくれって言われた。
今外さないと後になって外すことはできなくなるからよく考えてってことだったんだけど、
母親は絶対はずさないといったんだけど、父親はまだ若いから今外してやらなければこのまま人形みたいにずっとここでいなくちゃならないんだぞ。
って母親と私に言った。その時母は気が狂ったみたいになって、私に掴みかかって、
お前がお兄ちゃんと替われって言ってめちゃめちゃに殴られた。
父と看護婦さんがとめてくれたけど、母はお前が事故に遭えばよかったんだ。って何度も言ってた。
兄を溺愛してたからまあ仕方ないなとは思ったけど傷つかないわけじゃなかった。
結局兄の人工呼吸器は外した。
それからは、母は父に人殺し、人殺しと毎日言い続けて結局両親は離婚して、私は大学の近くに一人で暮らし始めた。
最近になって母親から、電話がかかってくるようになった。
さびしいんだと思うけど、母の声を聴くとあの時のことを思い出してそっけなくなってしまう。
多分私も 578さんみたいに母のことは嫌いじゃないけど、許せないんだと思う。
700:名無しさん@おーぷん : 2014/11/25(火)11:17:29 ID: ID:XVJ
以前修羅場スレで父親の延命措置を断って家族から責められたと書いた者です。
どこかのまとめに転載されていて、コメント欄で母親を死に目に合わせなかったと書かれているのを
読んで、それが普通の感覚なんだなと思いました。
父は心肺停止をしていたため強心剤を打つかどうかという選択でした。
心臓マッサージをたとえ本人の意識がないとはいえ、アバラが折れる程にされ強心剤を打つことはどうしてもできなかったので、
責められても仕方がなかったんだと思いました。
でも、私はやっぱり母や兄弟とはわだかまりなく話せることができなくなってしまました。、
先日母の介護を兄弟に依頼されましたが、断りました。
父の介護は私と母でしたので、母の介護は残りの兄弟で分担してくださいと言って断りました。
兄弟からはもうこれからつき合うこともないし葬儀の連絡もしないと言われましたが、もうそれでいいと思っています。
私の今までの気持ちを母につたえてわだかまりを少しでも小さくして母に会った方がいいというご意見もいただきましたが、
私が母の介護を一手に引き受ける以外にわだかまりを小さくする方法を見つけることができませんでした。
結局私はもう自分がそのような負担を負うことが嫌なだけだったのかもしれませんが、
なんかもう家族というものが煩わしいと感じるようになってしまい、どうでもよくなってしまいました。
これからは一人孤独だと思いますが、家族がいるのに孤独な方がもっと苦しいと思うのでこれでいいのだと思います。
私のような悩みを抱えている方の参考にはならないと思いますが、このような結果でも意外と当事者の心は晴れるものだと
お伝えできればと思いました。
どこかのまとめに転載されていて、コメント欄で母親を死に目に合わせなかったと書かれているのを
読んで、それが普通の感覚なんだなと思いました。
父は心肺停止をしていたため強心剤を打つかどうかという選択でした。
心臓マッサージをたとえ本人の意識がないとはいえ、アバラが折れる程にされ強心剤を打つことはどうしてもできなかったので、
責められても仕方がなかったんだと思いました。
でも、私はやっぱり母や兄弟とはわだかまりなく話せることができなくなってしまました。、
先日母の介護を兄弟に依頼されましたが、断りました。
父の介護は私と母でしたので、母の介護は残りの兄弟で分担してくださいと言って断りました。
兄弟からはもうこれからつき合うこともないし葬儀の連絡もしないと言われましたが、もうそれでいいと思っています。
私の今までの気持ちを母につたえてわだかまりを少しでも小さくして母に会った方がいいというご意見もいただきましたが、
私が母の介護を一手に引き受ける以外にわだかまりを小さくする方法を見つけることができませんでした。
結局私はもう自分がそのような負担を負うことが嫌なだけだったのかもしれませんが、
なんかもう家族というものが煩わしいと感じるようになってしまい、どうでもよくなってしまいました。
これからは一人孤独だと思いますが、家族がいるのに孤独な方がもっと苦しいと思うのでこれでいいのだと思います。
私のような悩みを抱えている方の参考にはならないと思いますが、このような結果でも意外と当事者の心は晴れるものだと
お伝えできればと思いました。
701:名無しさん@おーぷん : 2014/11/25(火)11:29:54 ID: ID:b9M
仕方ない。
しょうがない。
今はそれでいいよ。
しょうがない。
今はそれでいいよ。
702:名無しさん@おーぷん : 2014/11/25(火)13:58:53 ID: ID:0Eg
緊急性のあるものなら仕方のないこともあるからね
母のこともしれっと頼んで断れば脅しをかけてくるような兄弟なら
縁切りで本人がすっきりするのもわかるよ
母のこともしれっと頼んで断れば脅しをかけてくるような兄弟なら
縁切りで本人がすっきりするのもわかるよ
703:名無しさん@おーぷん : 2014/11/25(火)14:29:32 ID: ID:dpX
>>700
お父さんの希望通り、延命措置を断って苦しみを長引かせなかった事を
お父さんはとても感謝しておられると思いますよ。
お母さんも、急変する直前までは会えていたのだから臨終に立ち会えずとも、
足繁く通ってくれた優しい娘に看取ってもらえた事に感謝すべきです。わざわざお母さんに会いに行かなくても、あなたがお父さんのためにしてあげたことは
自分が入院してみていやでもわかると思います。
兄姉たちも、いずれお母さんの延命措置の決断を迫られる日が来て、
その苦痛を味わうでしょう。あなたは十分がんばりましたよ。今はそれでいいと私も思いますよ。
お父さんの希望通り、延命措置を断って苦しみを長引かせなかった事を
お父さんはとても感謝しておられると思いますよ。
お母さんも、急変する直前までは会えていたのだから臨終に立ち会えずとも、
足繁く通ってくれた優しい娘に看取ってもらえた事に感謝すべきです。わざわざお母さんに会いに行かなくても、あなたがお父さんのためにしてあげたことは
自分が入院してみていやでもわかると思います。
兄姉たちも、いずれお母さんの延命措置の決断を迫られる日が来て、
その苦痛を味わうでしょう。あなたは十分がんばりましたよ。今はそれでいいと私も思いますよ。
引用元:その後いかがですか?1