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278名無しさん@おーぷん2015/07/15(水)21:52:42 ID: ID:1n1

こちらは何もしていないんだけど、結果として因果応報な話。
随分昔の話です。
長いだけのとりとめない文章なので、面倒臭いと感じたら回避してください。
オチが病気と破産なので、人によっては不快に感じられるかもしれません。

私は中学を卒業後、高校に進学せず美容室で働き、22歳の時に5つ年上の同業男性と結婚した。
(資格は通信。←当時と現在では勤務・資格取得の条件が違います)
できちゃった婚でも夫は頑張って仕事をしてくれたし、何より子供好き。3人の子宝に恵まれて今日まで幸せに暮らしている。夫の希望で専業主婦。
私と夫の姉とは一回り以上年が離れていて、若いうちにでき婚をした私が気に入らないらしく結婚当初から何かと攻撃されてきた。

できちゃったなんて恥知らずねぇ
中卒www
仕事しないでいいなんていいご身分よねぇ
まともな仕事をしたことがない世間知らずちゃん
弟の稼ぎを食い潰すダメ嫁www
片親しかいない子じゃ、こんなものよねぇwww

こんな感じで、ある意味テンプレ通りの義姉。
テンプレ通りの義姉だが、一流大を卒業後、就職に挫折。遊び呆けて40手前で結婚→離婚→以後ウトメに養われていた。義姉子と私の末子が同い年。

ウトメは資産家。トメとは良好だったが、ウトには極力関わらないようにしていた。
ウトメは定年を迎えるまで仕事一筋で殆ど家にいない生活を送っていたらしく、夫と義姉のお世話はお手伝いさんがしてくれたそうだ。
ウトは典型的な学歴主義で何でもお金で解決しようとするタイプだった。大学進学をせずに美容師の道に入った息子がよほど目障りなのか、何かにつけて攻撃してきた。中卒の私なぞもはやクソ。義姉と一緒になって暴言、DⅤを繰り返した。

ウトと義姉は私が専業主婦なのが気に入らないらしく、ことあるごとに私を夫の稼ぎを食い潰す極潰し呼ばわりをしてきた。
ちなみに、私が働かなかったのは真ん中の子が持病持ちだったことと、仕事人間だった両親を持った夫が、子供には同じ気持ちを体験させたくないと強く望んだから。

トメは逆に家庭のことを他人任せにしてきたことを後悔していた。電車で30分の距離に住んでいた私たちのもとへよくやってきた。私が料理やハンクラをトメさんに教えていたので、世間の嫁姑とは真逆の関係だった。

 

279名無しさん@おーぷん2015/07/15(水)21:54:15 ID: ID:1n1

私の実家は母子家庭で貧乏だが、家訓が「食べることと身だしなみには妥協しない」だったので、私には22で結婚しても困らないだけの家事スキルがあった。40近くに嫁いだものの、あまりの家事のできなさに愛想を尽かされて返品された自分の娘との差をよく嘆いていたものだ。
今からでも遅くないと、義姉を矯正しようとトメが手を尽くしたもののすべてムダだった。
義姉はウトメの貯金を使って遊ぶのに忙しく、家事も育児もしない人だった。

義姉子はウトメが養育したのだが、ウトは何かと義姉子に金を与える祖父で、孫が何を望んでいるのか考えられない残念な人だった。
たとえば、義姉子が「ハンバーグ食べたい」と言えばレストランに連れて行くか、トメか義姉にデパ地下に買いに行かせるような人。
義姉子は「ママといっしょに作ったハンバーグを食べたい」と思っていたことを終ぞ理解できなかった。
(この子は後年うちで育つのだが、何気ない家事をいっしょにやるたびに泣きだした。ずっとこういう風に、お母さんのお手伝いがしたかったって)

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トメが私に料理やハンクラを習ったのも、義姉子には自分たち夫婦が義姉と夫にしてきたような他人任せの育児をすまいっていう思いが強かったからだと思う。上履きを入れる袋や子供の縫い物を慣れない手つきで縫っていた。
「この子はまっとうに……」っていうのがトメの口癖だった。

家事ができない義姉だったが、対面的には「いいお母さん」でいたいらしく、結婚当初からアポなし凸は時々あった。
目当ては、私が作る料理やお菓子、ハンクラなど。うちから盗って行ったものを自分が作ったと実家周辺や義実家に配ったり、自分の子に宛がったりする。
最初のうちは時々だし、また作ればいいかと私も楽観していたのだが、義姉が返品されてからは週に何度もやってくるようになった。

うちの真ん中の子は、当時ある持病を抱えていて、服用していた薬のせいで一部の保存料と合成調味料が受け付けなかったため、口にいれる物はすべて私が手作りしていた。実家が祖母の代から手芸店を営んでいたこともあって、ハンクラは子供の頃からの趣味だった。
それらをハイエナのように狙ってやってきた。

ハンクラは別にどうでもよかった。趣味でやっているものだし、針に糸どころか、ミシンの使い方も知らない人が「自作」と言って募穴を掘っても自業自得だから。
ただ、冷蔵庫を漁り、ごっそり持ち去るのは困った。冷蔵庫に作り置きしていたこれらは、既製品を食べられないうちの子のためのもので、目玉焼きも作れないダメ母の見栄を満足させるためのものではなかった。

 

280名無しさん@おーぷん2015/07/15(水)21:56:38 ID: ID:1n1

あまりに頻繁なので夫からウトメに注意してもらうことにした。
が、ウトの言葉は「貧乏人が。それくらいで騒ぐな、お前は乞食か」だった。
トメが義姉を〆てくれたのだが、懲りるということを知らない義姉なのでそれからも食糧およびハンクラの強奪は続いた。

そのころ、義姉には彼氏がいたらしく妊娠。
結婚に義姉子が邪魔になると邪険にするように。真冬のみぞれか雪が降っていた日に、女の子をパンツ一枚で外に放り出した。トメが気づいて救急車で運んだが、肺炎でしばらく入院した。
このときも、義姉は「死ねばよかったのに」と悪びれもせず。警察には「しつけの一環」と言っていたが、明らかに殺人未遂。

これに、それまで義姉をどうにか矯正しようとしていたトメがキレた。
実は、ウトは婿養子。義実家所有の家や土地はすべてトメ名義。ウトに緑の紙を突き付け、義姉共々義実家を追いだした。
殺そうとするほど疎ましく思っている子を育てる意思もなく、義姉は親権を放棄。義姉の元夫が引き取りを拒否したため、義姉子の親権はトメ経由で私たち夫婦に委ねられることに。
同時に、トメの財産が夫と私、私子三人に生前贈与されることになった。
(専門知識がまるでないので、何がどうなってそうなったのかいまだに私にはわかりません。管理は弁護士さん任せ)
これが、末子と義姉子が小学生になったころのこと。

残念ながら、トメはそれからすぐ闘病がはじまり、数年後に他界。義姉子の養育を私たち夫婦に託したのも、もしかしたら予感があったのかなと思っている。義姉子にはトメ亡きあと、成人後に受け取れるように遺産が遺されていた。

トメの行動には賛否があるだろうけど、私には良トメさんだったし、私子にも義姉子にもいい「おばあちゃん」だった。

 

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