「先生がご厚意でここまでしてくれたように、これも見返りを求めないただの感謝の表れです」
「でも私何も用意していないのに受け取るのは」
私の心を読んだようにA君は続ける。
「忙しい中、料理に洗濯に掃除、どこが何もしていないんですか!僕達がしたくてこうしているんです。遠慮しないで下さい」
「本当にいいんですか?」
「しつこい女の人はモテないですよ」
A君は相変わらずフォローがうまい。
お礼を言って受け取った袋からは少し重みを感じた。
ありがとうございます!
「気に入るか分かんないんですけど」とA君がはにかむ。
ルイヴィトンと読める箱に、長財布が横たわっていた。
ワインレッドいうか、パープルというか。
照明の当たり方で微妙に見え方が変化する。初めて出会った色だった。
アマラントというらしい。
艶々した生地は手触りがとても快感だ。
「…こんな素敵なものを戴いていいんですか?」
「使ってくれますか?」
A君が心配そうにこちらを窺う。
「当たり前です!家宝にします!」
おじさまがにっこり笑った。
お手伝いのバイト代なんて受け取ってくれないでしょうから、と二人で相談して財布にしたらしい。
私の世界に色がまた1つ増えた。
財布を開けた右上に、私の名前のイニシアルが入っていた。
それを確認して改めて家宝にしよう、と本気で思った。
後にも先にも…先のことは分からないけど、今のところは、ブランド品と呼ばれるものはこれしか持っていない。
他には要らないし、買うこともねだることも絶対にない。
今は背伸びしているけどこの財布の色に見合った女性になろう。
いつか二人と、そして会長さんと会えなくなってしまっても
私が傲慢になって怠惰にならないように、この気持ちを忘れないように、この財布は肌身離さず持ち歩こう。
じんわり暖かい気持ちを涙に変えないように、堪えるのは大変だった。
レス嬉しいです、ありがとうございます!
めでたいクリスマスイブを最後に、私と素晴らしい高校生との共同生活は終わった。
まだいていいのに、と二人には引き留められたけれど、親しき仲にも礼儀あり。
これ以上二人の時間を邪魔できない。
翌朝、朝食を一緒に摂って、彼らにお礼を言った。
どれだけお礼を言っても言い足りないくらいだ、と言うと「先生、家族に何をそう気を遣っているの、小さい頃はサンタクロースが来るもんだよ」とA君に頬をつつかれた。
「私もう成人しているんだけどなぁ」
「…トナカイからのプレゼント忘れていません?」
A君が例のネームプレートを手渡してくれた。
「これはどうしたの」
おじさまがにこやかに訊ねる。
「A君が作って下さったんですよ」
「ほう、幼稚園の頃から手先は器用だと思っていたけれど…これはすごい完成度じゃないか?」
おじさまが目を丸くしてプレートを眺める。
「ただ勉強の気分転換に既製品をボンドで繋ぎ合わせただけだよ、父さんならうさぎごと作っちゃうだろうけど…」
A君が恥ずかしそうに説明する。
身近なトナカイからのプレゼントも鞄にしまって帰路へ就いた。
電車のなかでデジャブだ、と考えた。
アロマの時も、今も。
戴いたのは 物だけじゃない。
デートであろう、寄り添う周りのカップルを見渡して財布に視線を落とす。
こんなに温かくて不思議な気持ちになったことは今までたったの一度もない。
大切にされている実感というのだろうか。
血の繋がらない「他人」を「家族同然」だなんて。
この見えない信頼関係を絶対に壊したくない。
あの親子と会長には自分なりに一所懸命に尽くしていこう。
武士ってこんな忠誠心だったのかも、いや比べ物にならないか、とのんきに考えていたら、乗り過ごしてしまった。