また、特急列車に乗る。2時間ほどの旅。
そこから在来線で1時間ほど。
それほど長い旅ではないのだが、特急を降りた辺りで彼女の様子がおかしかったことには気付いた。
口数が減っていたのだ。
彼女は、自分から弱音を言うことは無い人だから、俺は嫌な予感がしていた。
在来線になると人が多くて座れなくなる。
俺は、途中駅で彼女を下ろした。彼女は「なんで?」という顔をしていたが、
とりあえずベンチに座らせた。
俺「ねえ、大丈夫?様子が変だよ。無理してない?」
彼女「どうして?平気だよ?」
俺「いい?一番大切なのは何よりも体なんだよ?少しでも何かあったら言って」
彼女は悔しそうに言った。
彼女「あのね…少しだけ吐き気がするの…でも本当に少し。
でも言ったら絶対心配かけちゃうと思って…」
俺はやられた、と思った。大袈裟かもしれないが一気に血の気の引いた俺は、
「歩ける?」と聞きつつも彼女を揺らさないように強引におんぶして、改札をぬけた。
彼女は必死で「大丈夫だよ!電車に乗ろ!」と言っていたが、
俺は電車は座れないし人も多いからもうダメだ、と思っていた
彼女を傷つけたらだめ、少しでも無理させたらダメ、そう決めていた俺は必死だった。
もし何かあったら全てオレのせいだ、そう思っていた。
駅を降りて、必死でタクシーを止める。
さすがの彼女も諦めて、
「ごめんね…ごめんね…」と繰り返していた。
俺は必死だった。
俺「急いで、〇〇方面に向かってください!」彼女の自宅だった。
この時、タクシーの運転手がすごく良い人だったのが印象的だった。
彼女のことを車酔いか酒酔いをした人だと思っていたのか、
水飲む?といってペットボトルくれたり、
近道しますよ、といって渋滞の抜け道をしてくれたり。
初老の白髪のじいちゃんだったのだが、動転して入ってきた俺をなだめ、
落ち着かせてくれた。終始Jリーグの話をしていて、お若い方だった。
彼女はタクシーの中で涙目だった。俺はずっと肩を抱いていた。
窓を開けて車で走っているウチに、彼女の口数も増えてきて俺は安心していた。
彼女の家につく頃には、彼女にはだいぶ笑顔がもどってきていた。
俺は胸をなでおろした。
彼女はフラフラ歩き出した。
俺「こら、そんなに焦って歩いちゃダメだよ」
彼女「ここが、我が家です!でもどうせ呼ぶつもりだったから」
と笑って玄関先に立ってみせた。
俺は彼女の父さんと母さんに事情を話した。逐一電話報告もしていたが、
叱られることも重々覚悟の上だった。
しかし、ここまで一緒に来てくれてありがとう、と言われた。
とても、申し訳ないことをしてしまった気持ちになった。
大事をとって、彼女は少し横になって休ませることにした。
「富澤とわたしの母校に行くのー!」と言ってきかなかったが、
一番大事なのは体調だ。決まってる。
みんなで説得して、なんとか彼女を寝かせた。
そのかわりに俺は彼女が目覚めるまで家にいて欲しいと言われ、家にいることになった。
しばらく彼女が部屋で寝ているのを見守っていたが、居間におりて
彼女のお父さんとお母さんと話した。
空気は重かった。あまり話すことも見当たらないんだ…
とりあえず俺は、今日はすいません、と真剣に謝った。
母「気にしないでね。」
父「君はいつもいつも、娘の病室にやってきてくれるね。
君が来てくれるから、あの子はいつも本当に楽しくやっていられる。
謝りたいのは、ろくに何もできないこっちだよ。」
俺は、黙っていた。何を言っていいかまったく思いつかなかった。
母「あの子、本当にいつもいつも富澤君のこと話してくれるのよ。
富澤くん、私にもよくマメに連絡くれるでしょ。本当にありがとうね」
真面目な話はこれくらいだった。そのあとは、それを忘れたいかのように
テレビを見ながら、他愛もない世間話をしていたと思う。