検査が終わり、病室のベッドで横になっていると制服に着替えたミドリと
担任が入ってきました。
ミドリはボクの顔を見るなり、みるみる泣き顔になってしまいました。
「ユーサクのバカぁ~!」
泣き顔の彼女が、ボクに抱きついてきます。
正直なところ悪い気はしません。誰かが自分を心配してくれると実感できる
というのはなんだか、こそばゆいものです。相手がカワイイ女性なら尚更です。
思わずニヤニヤしそうになるんですが、顔の表情を変えようとすると激痛が
走るので、そうもいかないのが苦しいところです。
コミュニケーションは困難を極めます。
せっかく仲直りのチャンスなのに、ひたすら無表情でいなければ
ならないのですから。
そんな様子をみた担任がニヤニヤしながら、あるモノを取り出します。
磁石と砂鉄を使って絵を描く子供用のおもちゃです。
一度は使ったことがあるでしょう?
半透明の白い板の上に磁石で線を引いて絵を描き、レバーを左右にザーっと
動かすと、それが消えるというアレです。どうやら病院の備品のようでした。
それを使ってボク達は、かなり長い時間、静かな“会話”をしました。
会話文の始めはボクからです。
「心配かけてゴメン、もう大丈夫だよ」
ミドリはその道具をボクから取り上げると
「ホント心配したんだから、バカ」
そこまで書くと、それをボクに突き返します。
話ができないボクは仕方がないとして、なんでミドリまでその道具を
使ったのかは謎です。
書きたかったんですが、なにしろ子供用のおもちゃですから
細かい字は書けませんし、画面も小さい。だから……
「1年前の件は、ごめんなさい」
きわめてシンプルな謝罪文です。こんなんじゃ許してもらえないかと
思いましたが、それ以外に思いつかなかったんですよ。
「元気になったら許してあげる」
この文字を見たときは、涙が出るくらい嬉しかったですよ。
そして、彼女はそのおもちゃをボクに渡すことなく、続けて何かを書き始めました。
静かな部屋に、ペンの音が響きます……
そういえば、いつの間にか担任が消えてます。
「1年間、本当に辛かったよ……」
それからは、彼女の文字による1年間の心情の吐露が続きます……
本当に怒ってたのは最初だけで、そのうち事情が分かってきたらしい。
だから仲直りをしようと思ったのに、その頃にはボクが彼女を避ける
ようになってしまっていたとのこと。
何度か声を掛けようとしたけど、無視されるのが怖くてできなかったこと。
そして、そのままの状態で夏休みに突入したと。
そのうち、ボクがマネージャーさんと付き合い始めたこと聞いた時には
後悔とショックで、何日か学校を休んだこと……
ボクはマネージャーさんとの件は、やはりミドリには伝えておこうと思いました。
だから、おもちゃを受け取り、こう書きました。
「彼女には、結局許してもらえなかったよ」
「知ってる……」
ボクはマネージャーさんにフラれたせいで、ミドリと再接近してるとか
思われたくなかったから、どうしても次の言葉が書けません。
本当は……
「ずっとミドリが好きだったことに、やっと気づいた……」
と書きたかったのに……
ちょうどその時、ボクの母親が、わさわさと病室に到着です。
「あんた大丈夫なの~? もう、ほんっとに鈍くさいんだから~」
愚痴モード全開で近づいてきてから、ミドリの存在に気づきます。
もうね、なんというタイミングの悪さ。わざとなのか?
「あっ、ミドリちゃん来てくれてたんだ。
ありがとうね~、ほんとコイツはダメよね~」
母とミドリは知り合いというか、家も近所なのでお互い知ってるんですよ。
というか、帰れよ。頼むからさー
母は例のオモチャを見つけると
「何コレ? 懐かしいおもちゃじゃないの。ひょっとしてあんたたち
コレで会話してた? へー、それでなんか進展があったわけ?」
場の空気を読まない爆弾発言を、かましてくれます。
ほんっとに帰って欲しいですわ。担任だって空気を読んだのに。
ミドリは顔を真っ赤にすると
「じ、じゃあ、今日はこれで失礼します!」
バタバタと慌てて病室を出て行きました。
「あれぇ~? 母さん邪魔しちゃったかなぁ? ゴメンね~」
ぜんぜん悪いと思ってない口調で、聞きもしないコトをさらに続けます。
「母さんはね、ミドリちゃんの方が好きだよ。えーっと、ユウコさんだっけ?
あの子はイマイチね、あれは本気じゃないかもよ」
ズバリ核心を突いてきます。
うっ、と言葉に詰まるボク……って、今はしゃべれませんけど。
「まあ、決めるのはアンタだけどさ」
なんでコイツは、こんなに細かい状況を把握してるんだ?
ボクは不思議に思いましたよ。
ひょっとして、ボクの携帯とパソコンを毎日チェックしてるんじゃないだろうな?
確かに、母にはユウコさんと一緒に居るところを何度か目撃されたことは
ありましたけど。それだけで、この情報量とは……女の勘か?
お見通しかよ
>>309氏、311氏
そうなんですよ。母は全体の最期の方で、また登場しますよ。
なかなかイイ奴です。
――
結局ボクは観察入院で1泊だけすると、翌朝には帰宅となりました。
学校には午後から登校となったんですが、意外にみんな冷静でしたね。
仲の良い友達以外からは、特に歓迎されるでもなく、心配されるでも
なかったですから。存在感が薄いと、こんなもんなんでしょう。
ミドリは歓迎してくれましたけどね。それで十分かな。
「今日もお見舞いに行ってあげようと思ってたのに
退院したんだ~ ざんね~ん」
ボクも気の利いた冗談でも言えればよかったんですが、如何せん顎が痛い。
顎が痛くなくても、気の利いた冗談なんて言えたことはないんですけど。
こうして無事に和解したボクとミドリは、以前の関係に戻りました。
教室では笑い合い、部活の終わる時間が近ければ一緒に帰る日々です。
そしてボクの顎が完治した頃、彼女からメール着信。
メールにはカワイイ絵文字付きで、こう書かれてありました。
「お祝いにデートしてあげる(はぁと)」
そりゃ嬉しかったですよ。叫びたいくらい。
震える手で返信しました。
「よろしくお願いします」
恥ずかしながら、人生初のデートです。
いや、2回目か。でもあれは……やめておこう、胃が痛くなるし。
そういえば、外出用の服がない。前回は、慌てて春服を買いに行きましたが
今回は夏服です。デートは楽しみですけど、いちいち服が面倒だなと。
サッカー用のジャージ系以外では、ヨレヨレのTシャツとボロボロのジーンズ
そして汚れたスニーカーが、ボクの持ってる夏服オールキャスト。
そして、妙なプリントや柄はハズレが怖いので、とりあえず地味な単色、無地
そして普通の形を購入。カモフラージュとか国防色なんて絶対買いませんよ。
超気合が入ってるのが丸わかりで、さすがに恥ずかしいですからね。
とりあえず、これで準備完了です。