ボクは珍しくマネージャーさんから声を掛けられるわけです。
「えーっと……山下君……だっけ?」
ちょっと驚きでした。話をしたことがない女性がボクの名前を覚えてて
くれるとか新しいです。初めてです。嬉しいかも(笑)
「今日部活が終わったら、ちょっと付き合って欲しいんだけど」
なんだか非常に嫌な予感がするんですけど、先輩の彼女ですし無視しても
いいことは何も起こりそうにないどころか、悪いことが起こる気がして
気の進まない状態で、待ち合わせ場所へ向かったわけです。
そうしてボクとマネージャーさんは、夕暮れの中、公園のベンチに二人
座ることになりました。雰囲気は抜群なんですが、そんな悠長なことは
言ってられません。
絶対に先輩とミドリのことだろうな、と思ってましたから。
「ごめんね。急に呼び出したりして」
「いや、全然オッケーですよ。どうせヒマですから」
「実は……早川君のことなんだけど……」
ここまで聞いて、やっぱりそうだろうなと納得しましたよ。
何かを期待していたんでしょうね。
なんといっても、正常な男子高校生ですから(笑)
「なんだか最近、私の知らない女の子と仲がいいみたいで……
で、その子って山下君の友達じゃないのかなと思って」
いきなり、話がヤバくなってきたじゃないですか。
彼女の静かな口調がボクの緊張感を高めてくれます。
心臓の鼓動が高くなって、喉まで乾いてきましたよ。
「で、どんな子なの?」
女性というのは浮気をした男性よりも、相手の女性に対して怒りを感じると
聞いたことがありますが、まさにソレです。
それに彼女は全ての裏を取ってるんでしょうね。先輩に最初にミドリを
引き合わせたのがボクだということも分かっての今日なんだと思いました。
こうなるともう逃げられません。
ボク観念して正直に話をしました。
ミドリはボクとは中学から一緒だったこと。長身でバレー部に所属していること。
外見はそこそこ美少女で、男子にはそれなりに人気があるというか目立つ存在
であること。
一度でいいから直接話がしたいと言い出し、ボクがそれを段取りしたこと。
あとは……先輩に付き合ってる人がいることは、知らないということ。
休日デートのようなコトをしてるとかは言いませんでした。
だって怖いし。
俺目の前で手首切られた事あるぞ
俺助けただけだけど
>>60氏
他人の彼女が自分の前でリスカとか……それは怖い。
ボクの場合は、それはなかったです。
――
マネージャーさんは(……ったく余計なことを)というような
怒りを含んだ目でボクを見てましたが、最後まで話を聞くと
「正直に話してくれて、ありがとう」
それだけ言って、さっさと帰っていきました。
ボクは自分の無事を喜ぶ余裕もなく、ベンチにへたりこんでしまいましたよ。
それより、自分がきっかけを作ったせいで、なんだか人間関係が面倒な方向へ
動いていることが恐ろしくてね。
そして、今日のことをミドリにどう説明したらいいのか分からず
一人で頭を抱えてたんです。
が……事態はボクの想像を超えて、斜め上の展開を始めるわけです。
なんと、ボクとマネージャーさんが怪しいとの噂が立ち始めるという。
なんで?!
目撃したようで、話に尾ひれがついて広まっていったようです。
いい雰囲気で肩を寄せ合っていたとか……近い状況ではあったけど……
抱き合ってキスしてたとか……これはナイわ。絶対にナイ。断じてナイ。
それは否定しませんが……
だからといって、先輩の彼女と恋愛とかキスとかするわけないでしょーが。
そんな無謀なチャレンジャーではナイですし。
ニヤニヤと微妙な空気が漂うわけです。
みんな腫れ物にでも触るような感じでボクに接するんです。
否定すれば否定するほど、いっそう酷くなるから困ります。
走り回っていたことでしょう。
そのうち、早川先輩の耳にも届くことになり、練習後のクラブボックスに
呼ばれることになってしまいました。
簡易ベンチに腰掛けた先輩が、スパイクの紐を解きながら尋ねます。
「山下、おまえアノ噂は本当か?」
直立不動で尋問状態のボクは、緊張と不安で汗ぐっしょりです。
別にマネージャーさんとは、やましいことは何もないんですが、人間関係が
面倒なことになっているのは、多分に自分のせいという認識がありましたから。
「噂って、ボクとマネージャーさんとのことですか?」
脱いだスパイクの泥を「コンコン」と払いながらチラッとボクの顔色を
覗き込む先輩。その目には怒りの感情を感じることはありません。
うまく言えないんですが、マネージャーさんとの温度差は感じましたね。
「そうだよ。まあ、オレは気にしてないんだけどね」
たとえ男らしくないと言われても、言い訳だってします。
武士じゃないんで、二言だって言いますよ。
確かに健康な男子高校生的期待感ゼロで待ち合わせ場所に向かった
ということはないですが、実際に何かアクションは、起こしてはいません。
神に誓って。
「いや、あれはデマですよ。デマ。ただ……
マネージャーさんから相談を受けたことは事実です。先輩の件で……」
「そうか……そんなことだろうとは思ったんだけどな……」
ですよねー わかってくれますよねー なんてホッとした自分がありました。
この際、先輩の気持ちを確かめた上で、マネージャーさんと仲直り? というか
しっかりと元の鞘に収まってもらおうとか考えたわけです。
そうすれば、ミドリのことも余計な心配をせずに済みますからね。
だから先輩と、もっと話そうと思ったです。
「先ぱ――」
そこで急に扉が開いたかと思うとマネージャーさんの乱入です。いや突入か?
そして次の瞬間、ボクは信じられない状況に陥ることになります。