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158名も無き被検体774号+2013/05/07(火) 21:59:59.60 ID: ID:VnWGrOgI0

俺はしばらく口がきけなかったな。
ほとんど処理落ちしたみたいになっちまって。気を抜いたらぼろぼろ泣いちまいそうだったな。
おいおい、このタイミングでそれは卑怯だろ、って。この時、無意味で短い俺の余生に、ようやくひとつの目標ができる。
ミヤギの一言は、俺の中にすさまじい変革をもたらしたんだ。俺は、どうにかして、ミヤギの借金を全部返してやりたいと思った。

一生が百円に満たないこの俺が、だ。
身の程知らずにもほどがあるよな。

 

164名も無き被検体774号+2013/05/07(火) 22:17:04.43 ID: ID:VnWGrOgI0

>>159
ものすごーく正直に答えますね、一回だけ。
ものを書いてウェブで発表する人なら、誰でも少なからず、
「たくさんの人に見てもらいたい」って欲があると思うんですよ。
当然俺もその一人です。そうじゃなきゃチラシの裏でやってます。
で、より大勢の人に読んでもらえる可能性があるのに、
それを自分からゼロにすることはしたくないじゃないですか。

 

235名も無き被検体774号+2013/05/08(水) 12:11:39.81 ID: ID:3etpqdGe0

生活は一気に変わった。
俺は自分に言い聞かせた。考えろ、考えろ、考えろ。
どうすれば残り数ヶ月で彼女の借金を返せる?
どうすれば彼女が安全に暮らしていけるようになる?こういうときに宝くじを買ったり賭け事をしても
うまくいかないってことは分かっていた。
いつだって、賭け事は金があまってるやつが勝つし、
宝くじは変化を望んでないやつが当たるんだよ。俺はかつてのミヤギのアドバイスに従い、
ひたすら街を歩きながら考えたんだ。
次の日も、その次の日も、その次の日も。
どこかに、自分にぴったりな答えが転がってると期待して。その間、口にはほとんど物を入れなかったな。
空腹がある一定のラインを越えると、
頭が冴え渡ることが分かったからだ。

 

237名も無き被検体774号+2013/05/08(水) 12:15:55.35 ID: ID:3etpqdGe0

ミヤギはそんな俺のことを心配してか、
「ねえ、自販機めぐりに戻りましょうよ」と何度も言った。
「私も自販機見るの好きになっちゃったんです。
あなたの背中にしがみついてるのも、好きだし」それでも俺は歩き続け、考え続けた。
視野はどんどん狭まって、思考も偏っていって、
とてもアイディアなんか思いつく状態じゃなかったな。気が付くと、以前よく訪れていた古書店の前にいた。
俺は店長の爺さんの顔が恋しくなって、中に入った。爺さんはいつも通り、野球中継を聞きながら本を読んでいた。
俺はこの数十日で起きた一連の出来事を彼に話したかったが、
そんなことしたら爺さんが罪悪感を覚えるかもしれないから、
結局あの店には行かなかったふりをすることにした。

 

238名も無き被検体774号+2013/05/08(水) 12:19:18.32 ID: ID:3etpqdGe0

何気ない会話を、二十分くらい交わした。
会話は全然噛み合ってなかったんだが、
それでも俺は独特の安らぎを覚えたな。去り際、俺はさりげなく爺さんに訊ねた。
「自分の価値を高めるには、どうすればいいと思います?」爺さんはラジオのボリュームを落とした。
「そうさな。堅実にやる、しかねえんじゃないか。
それは俺には出来なかったことなんだけどな。
なんつうかな、結局、目の前にある『やれること』を、
一つ一つ堅実にこなしていくこと以上にうまいやり方はねえんだ。――だが、それよりももっと大切なことがある。
それは『俺みたいな人間のアドバイスを信用しない』ってことだ。
成功したことがないくせに成功について語っちまうようなやつは、
自分の負けを認めたがらないクズばっかりだからな」

 

239名も無き被検体774号+2013/05/08(水) 12:22:28.59 ID: ID:3etpqdGe0

古書店を出た俺は、その流れで、
いつも通っていたCDショップに足を運んだ。
店員の兄ちゃんには、爺さんについたのと同じ嘘をついた。しばらく最近聴いたCDの話をした後、俺はこう聞いた。
「限られた期間で何かを成し遂げるには、どうすればいいんでしょうね?」「人を頼るしか、ないんじゃないっすかね」と彼は言った。
「だって、自分一人の力じゃ、どうにもならないんでしょう?
と来たら、他人の力を借りるしかないじゃないですか。
俺、個人の力ってのをそこまで信用してないんすよ」

 

240名も無き被検体774号+2013/05/08(水) 12:26:24.50 ID: ID:3etpqdGe0

参考になるんだかならないんだか分からないアドバイスだったな。
外ではいつの間にか、夏特有の大雨が降ってた。
俺が店を出ようとすると、さっきの兄ちゃんが傘を貸してくれた。「よく分かんないけど、何か成し遂げたいなら、
まず健康は欠かせませんからね」とか言ってさ。俺は傘をさして、ミヤギと並んで帰った。
小さい傘だったから、お互い肩がびしょ濡れになった。傍から見たら俺は、見当違いな位置に
傘をさしてる馬鹿に見えただろうな。

 

242名も無き被検体774号+2013/05/08(水) 12:33:36.16 ID: ID:3etpqdGe0

「こういうの、好きだなあ」とミヤギが笑う。
「どういうのが好きなんだ?」と俺は聞きかえす。「周りには滑稽に見えるかもしれないけど、
あなたが左肩を濡らしてることには、
すっごく温かい意味がある、ってことです」「そうか」と俺ははにかみながら言った。
「恥知らずの、照れ屋さん」とミヤギは俺の肩をつついた。すれ違う人たちが俺のことを不審そうに見ていた。
そこで、俺はあえてミヤギと話し続けてやった。
ここまでくると異常者扱いされるのが逆に楽しかったし、
何より、こうすることでミヤギは喜んでくれるから。
俺が滑稽になればなるほど、ミヤギは笑ってくれるから。

 

243名も無き被検体774号+2013/05/08(水) 12:38:53.96 ID: ID:3etpqdGe0

商店の軒先で雨宿りしていると、知った顔に出会った。
同じ学部の、挨拶程度は交わす中の男だ。
そいつは俺の顔を見ると、怒ったような顔で近づいてきた。
「お前、最近いったいどこで何してたんだ?」俺はミヤギの肩に手をおいて、言った。
「この子と遊び回ってたんだよ。ミヤギっていうんだ」「笑えねえよ」と彼は不快そうな顔をして言った。
「あのな、クスノキ。前から思ってたが、お前病んでるんだよ。
人と会わないで自分の殻にこもってるから、そういうことになるんだ」「あんたがそう思うのも、無理はないよな。
俺があんたの立場だったら同じ反応を示したと思う。
でも、確かにミヤギはここにいるんだよ。その上、かわいいんだ」
俺はそう言って一人で大笑いした。
彼はあきれた顔をして去っていったな。

 

244名も無き被検体774号+2013/05/08(水) 12:49:25.70 ID: ID:3etpqdGe0

通り雨だったらしく、雨はすぐにやみ始めた。
空には、うすぼんやりと虹が浮かんでいたな。「あの、さっきの……ありがとうございます」
ミヤギはそう言って俺に肩を寄せた。”堅実に”、か。
俺は古書店の爺さんのアドバイスを思い出していた。考えてみれば、俺にはできる事があるんだよな。
『借金を返す』って考えに縛られてたけどさ、
こうやって俺が周りに不審者扱いされることだけでも、
彼女はずいぶん救われるらしいじゃないか。

そうなんだよ。俺は彼女に、確実な幸せを与えられるんだ。
目の前にやれることがあるのに、どうしてそれをやらない?

 

245名も無き被検体774号+2013/05/08(水) 12:54:27.22 ID: ID:3etpqdGe0

バスに乗って、俺たちは湖に向かった。
そこで俺がやらかしたことを聞いたら、
大半の人間は眉をひそめるだろうな。周りには一人客に見えているのを承知で、
俺は「あひるボート」に乗ってやったんだ。係員の男が「一人で?」という顔をしたので、
俺は彼には見えていないミヤギに向かって、
「さあ、行こうぜ」とか声をかけてやった。
係員、半分怯えたような目をしてたな。ミヤギはおかしくてしかたがないらしく、
ボートに乗っている間もずっと笑っていた。
「だって、成人男性一人であひるボートですよ?」
「なんか、一つの壁を越えた気がするね」と俺は言った。

 

246名も無き被検体774号+2013/05/08(水) 13:00:47.32 ID: ID:3etpqdGe0

一人あひるボートの後も俺は、
一人観覧車、一人メリーゴーランド、一人水族館、
一人シーソー、一人プール、一人居酒屋、
とにかく一人でやるのが恥ずかしいことは大体やったな。どれをやるにしても、俺は積極的にミヤギに話しかけた。
頻繁に彼女の名前を呼び、手をつないで歩いた。段々と、俺は不名誉な感じの有名人になっていった。
俺の顔見るだけで指差して笑う人も、かなりいたな。ただ、幸運なことに、俺はいつでも幸せそうな顔をしてたから、
俺を見て逆に楽しい気分になる人もそこそこいたらしいんだ。

 

248名も無き被検体774号+2013/05/08(水) 13:04:53.78 ID: ID:3etpqdGe0

そして、俺の行為をパフォーマンスだと思い込む人も増え始めたんだな。
俺のこと、腕の立つパントマイマーだと褒めちぎるやつもいた。逆に、「ミヤギさんは元気?」とかたずねてくる人も現れ始めてさ。
そう、徐々にだが、ミヤギの存在は受け入れられ始めたんだよ。もちろん皆、透明人間の存在を本気で信じたわけじゃなくて、
なんつーか、俺のたわごとを、共通の“お約束”として扱い、
俺に話を合わせてくれるようになった、って感じ。
俺は「可哀想で面白い人」扱いを受けるようになったんだ。この夏、俺はこの街で、一番のピエロだったんじゃねーかな。
良くも、悪くも。

 

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