92:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 20:02:56.34 ID: ID:VnWGrOgI0
大体八時間くらい間があったんけど、
俺には二十七時間くらいに感じられたね。
五秒に一回くらい腕時計を見てた気がする。ぎりぎりまで俺は、ミヤギで訓練してた。
どうすりゃ相手に良い印象を与えられるか、
カフェのすみで、二人で試行錯誤してたな。――そうして、ついに待ち合わせの時間が来た。
待ち合わせ場所にやってきてくれた幼馴染を見て、
俺はその外見や口調の変化にとまどいつつも、
笑い方や仕草が変わっていないのに気づいて、
それだけで、本当に電話してよかったと思った。「ひさしぶり」と彼女は言った。「元気にしてた?」
「元気にしてたよ、そっちは?」と俺は答えたが、
余命三か月の俺が元気だって言うのも笑えるよな。
93:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 20:08:12.45 ID: ID:VnWGrOgI0
幼馴染は俺のことを気に入ってくれたみたいだった。
「ずいぶん変わったね」と言いながらべたべたしてくる。なんていうかさ、いける感じの雰囲気だったんだよ。
訓練の成果と、未来を知ってるがゆえの余裕もあって、
俺はかなりの好印象を幼馴染に与えることに成功してた。しかし俺ってやつはさ、本当に物事を
台無しにしないと気が済まないらしいんだよな。近況を語りたがる幼馴染の話をさえぎって、
何と俺は、寿命を売った件について話し始めたんだよ。
「あのさ、俺、余命三か月しかないんだよ」って
同情を引くような調子で語りはじめたんだ。
94:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 20:14:48.55 ID: ID:VnWGrOgI0
俺の話を真面目に聞いてくれる、俺に深く同情し、
慰めてくれるって信じてたんだろうな。でも話が始まって五分とたたずに、
幼馴染は退屈そうな反応を示し出した。
馬鹿にしたような顔で、「ふーん?」とか言うのな。もちろん間違ってるのは俺で、悪いのは俺なんだ。
俺だって突然、寿命を買い取る店がどうだの
監視員がこうだの言われても、信じないだろう。
大笑いされなかっただけマシだと思う。幼馴染は「ちょっと失礼」と言って立ち上がった。
トイレにでも行くんだろう、と俺は思ってた。
その直後に、注文した料理が二人分届いた。
俺は早く続きを話したくて仕方なかったな。
でも幼馴染は戻ってこなかった。
料理が冷めるまで待ったけど、戻ってこなかった。
また俺は”やっちまった”わけだ。
95:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 20:20:09.76 ID: ID:VnWGrOgI0
しばらくすると、ミヤギが正面に座って、
幼馴染の分のパスタをぱくぱく食べ始めた。
「冷めてもおいしいですね」とミヤギは言った。
俺は何も言わなかった。店を出ると、俺は駅前の橋に向かった。
そしてそこで、幼馴染に渡すはずだった
三十万円の入った封筒を胸から取り出し、
道行く人に、一枚ずつ配って歩いた。「やめましょうよ、こんなこと」とミヤギが言う。
「別に人に迷惑はかけてないだろ」と俺は返す。どいつもこいつも、渡されたのが金だと分かると、
薄っぺらい礼を言うか、怪訝そうな顔をした。
断る奴もたくさんいたし、もっとよこせと言う奴もいた。
96:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 20:23:15.89 ID: ID:VnWGrOgI0
俺は勢い余って、財布の金にまで手を出した。きっと俺は、誰かに構って欲しかったんだろうな。
「何かあったんですか?」とか聞いて欲しかったんだろう。三十三万円配り終えると、俺は道の真ん中で立ち尽くした。
道行く人が不快そうに俺のことを眺めていた。タクシー代も残っていなかったので、
俺は建物の陰になっているベンチで寝た。
真上に傾いた街灯があって、しょっちゅう点滅していた。
ミヤギも正面のベンチで寝るようだった。
女の子にひどいことさせんてなあ。
「先に帰っていいんだぞ?」
俺がミヤギにそう言うと、彼女は首をふった。
「そしたらあなた、自殺とかしそうですから」
97:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 20:27:15.69 ID: ID:VnWGrOgI0
眠りにつくまで、俺は真上に広がる星空を眺めていた。
最近、夜空を見る機会が増えた。七月の月は、綺麗だ。
俺が見逃していただけで、五月も六月もそうだったのかもしれない。
俺はいつものように、眠りにつく前の習慣を始めた。
頭の中に、いちばんいい景色を思い浮かべる。
俺が本来住みたかった世界について、一から考える。
五歳くらいから、ずっとやってる習慣だった。
ひょっとしたら、この少女的な習慣が原因で、
俺はこの世界に馴染めなくなったのかもな。
98:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 20:30:22.27 ID: ID:VnWGrOgI0
街の外れでは朝市をやっていて、早朝から騒がしかった。四時間くらい歩いて、ようやくアパートについた。
一昨日の件もあって、両腕両足が悲鳴を上げてたな。
もっと安らかに生きることはできないのかね、俺は。シャワーを浴びて着替えると、寝なおした。
ベッドだけは俺を裏切らない。俺はベッドが大好きだ。さすがのミヤギもそれなりに疲れたらしく、
監視もほどほどに、すぐシャワーを浴びて、
部屋のすみっこでうつらうつらしていた。
99:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 20:33:47.33 ID: ID:VnWGrOgI0
だが、続きを書くのは何だか馬鹿らしかった。
誰も俺の言葉なんて気にしちゃいないんだ。会いたい人もいないし、そうなると、
いよいよすることがなくなってしまった。
散財しようにも金は昨日配りきってしまったし。「何か他に好きなことはないんですか?」
ミヤギは俺にを励ますように、そう訊ねた。
「やりたかったけど、我慢してたこととか」そこで割と真剣に考えてみたんだけど、
俺、どうやら好きなことがあんまりないらしい。
あれ、今まで何を楽しみに生きたんだっけ?
100:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 20:37:32.94 ID: ID:VnWGrOgI0
あくまで「生きていくため」のものだったんだよな。
人生に折り合いをつけるために音楽や本を用いてたんだ。いざ余命三か月となると、何もしたいことがなかった。
薄々感づいてはいたけど、俺って生き甲斐がないんだ。
寝る前の空想だけを楽しみに生きてたとこがあるな。監視員は言う、「別に無意味なことだっていいんですよ。
私が担当した人の中には、余命二か月すべてを、
走行中の軽トラックの荷台に寝そべって
空を見上げることに費やした人もいるんです」「のどかだな、そりゃ」と俺は笑った。
101:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 20:40:35.29 ID: ID:VnWGrOgI0
「考える時は、外に出て歩くのが一番です。
お気に入りの服に着替えて、外に出ましょう」いいこと言うじゃないか、と俺は思った。
段々とこの子は、俺に優しくなってきているように見える。もしかすると、監視員は監視対象との接し方が決まっていて、
彼女はそれに従っているだけなのかもしれないが。俺はミヤギのアドバイスに従って外を歩いた。
ものすごい日差しが強い日だったな。髪が焦げそうだった。
すぐに喉が渇いてきて、俺は自販機でコーラを買った。
「あ」、と俺は小さく声を漏らした。
102:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 20:44:32.07 ID: ID:VnWGrOgI0
「どうしました?」
「……いや、実にくだらない事なんだけどさ。
好きなもの、一つだけあったことを思いだした」
「言ってみてください」
「俺、自動販売機が大好きなんだよ」
「はあ。……どこら辺が好きなんですか?」
「なんだろな。具体的には自分でも分からないんだが、
子供の頃、俺は自動販売機になりたかったんだ」
きょとんとした顔でミヤギは俺の顔を見つめる。
103:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 20:51:29.82 ID: ID:VnWGrOgI0
コーヒーとかコーラとか売ってるあれですよね?」「ああ。それ以外も。焼きおにぎり、たこ焼き、
アイスクリーム、ハンバーガー、アメリカンドッグ、
フライドポテト、コンビーフサンド、カップヌードル……
自販機は実に様々なものを提供してくれる。
日本は自販機大国なんだよ。発祥も日本なんだ」「んーと……個性的な趣味ですね」
なんとかミヤギはフォローを入れてくれる。実際、くだらない趣味だ。見方によっては、
鉄道マニアを更に地味にしたような趣味。
くだらねー人生の象徴だよなあ、と自分で思う。
105:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 20:54:05.52 ID: ID:VnWGrOgI0
「でも、なんとなく分かる気はします」
「自販機になりたい気持ちが?」
「いえ、さすがにそこまでは理解不能ですけど。
自販機って、いつでもそこにいてくれますから。
金さえ払えば、いつでも温かいものくれますし。
割り切った関係とか、不変性とか、永遠性とか、
なんかそういうものを感じさせてくれますよね」
俺はちょっと感動さえしてしまった。
「すげえな。俺の言いたいことを端的に表してるよ」
「どうも」と彼女は嬉しくもなさそうに言った。