70:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 15:58:28.79 ID: ID:uxwqRYpB0
感心ついでに、俺の中に、妙な感情が芽生えた。
余命三ヶ月っていう状況のせいかもしれない。
たび重なる失望のせいかもしれないし、
連続した緊張、疲労や痛みのせいかもしれない。
起きたばかりで寝ぼけてたのかもしれないし、
単にミヤギという子が好みだったからかもしれない。
まあ何でもいい。とにかくその時、不意に俺は、
ミヤギに「酷いこと」をしてやりたくなったんだ。
自暴自棄の手本って感じだよな。どうしようもない。
71:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 16:02:13.72 ID: ID:uxwqRYpB0
ミヤギに詰め寄って、俺は聞いた。「なあ監視員さん」
「なんでしょうか」とミヤギは顔をあげた。
「たとえば今ここで、俺があんたに乱暴なんかしたら、
本部とやらが俺を殺すまで、どれくらいかかる?」
彼女は特に驚かなかった。さめた目で俺を見て、
「一時間もかからないでしょうね」とだけ答えた。
「じゃあ、数十分は自由にできるってわけか?」
そう俺が聞くと、彼女は俺から目を逸らして、
「誰もそんなこと言ってませんよ」と言った。
しばらく沈黙が続いた。
不思議なことに、ミヤギは逃げ出そうとはしなかった。
ただじーっと、自分を膝を見つめてた。
72:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 16:05:02.42 ID: ID:uxwqRYpB0
そう言って、俺はミヤギの二つ隣に座った。彼女は俺から目を逸らしたまま、
「ご理解いただけたようで何よりです」と言った。俺の神経の昂りはすっかり収まっていた。
ミヤギの諦めきったような目を見ていたら、
こっちまで悲しくなってきたんだよ。「俺みたいなやつ、少なくないんだろう?
死を前にして頭をおかしくしちまって、
監視員に怒りの矛先を向けるようなやつ」
ミヤギは首をゆっくり振った。
「あなたは、どちらかと言えば楽なケースですよ。
もっと極端な行動に出る人、たくさんいましたから」
75:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 16:10:42.28 ID: ID:uxwqRYpB0
あんたみたいな若い子がやってるんだ?」俺がそう聞くと、ミヤギはぽつぽつと話し始めた。話によると、彼女には借金があるらしかった。
原因は彼女の母親にあるのだという。なんでも、たいした人生でもないくせに、
借金までして寿命を買いあさったらしい。
それなのに病気であっさり死んでしまって、
そのツケをこの子が払うことになったんだとか。
清々しいくらい胸糞悪い話だったな。
76:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 16:12:54.90 ID: ID:uxwqRYpB0
ようやく返しきれるかどうかって額なんです。
あとちょっとで勝手に寿命を売られるところだったんですが、
諦めかけた時、この監視員の仕事を紹介されたんですよ。この仕事、大変ですが、稼ぎはすごくいいんです。
このまま続けていれば、私が五十歳になる頃には、
全額返しきれてるんじゃないかと思います」”五十歳になる頃には”、か。
これもまた、げんなりさせられる話だった。彼女はまるでそれを救いのように話してたが、
自分が何かしたわけでもないのに、あと数十年、
俺みたいなやつの相手をし続けなきゃいけないわけだろ?
78:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 16:15:42.86 ID: ID:uxwqRYpB0
五十まで生き残れる保証なんてないんだろ?」
俺がそう言うと、彼女は少し困ったような顔をした。「たしかに、実際、監視員の仕事をしてる中で
監視対象に殺されてる人も、たくさんいますね。
でも……ほら、簡単には割り切れませんよ。
いつかいいことあるかもしれないじゃないですか」「そう言ってて、五十年間何一つ得られないまま
死んでいった男のことを、俺は一人知ってるぜ」「それ、私も知ってます」とミヤギはちょっとだけ微笑んだ。
なんだか嬉しかったな。俺の冗談で彼女が笑ってくれたことが。
82:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 16:21:15.37 ID: ID:uxwqRYpB0
俺は周りの目も気にせずミヤギに話しかけた。「タイムカプセルの中でさ、『一番のお友達』に
俺を選んでくれてる人はいなかったけど、
それでもやっぱり幼馴染のあの子だけは、
俺の名前を手紙の中で出してくれてたんだよ」もちろん、周りにはミヤギの姿が見えていないから、
ひとりごとを言っているように見える。完全に不審者だ。ミヤギは心配そうな顔で言う。
「あの、皆見てますよ。変な人だと思われてますよ」
「いいよ。思わせとけよ。実際、変な人なんだから。
……それでさ、あらためて駅で考えたんだけど、
やっぱり俺にとっては、たとえどんなに変わり果てようと、
幼馴染のあの子は、俺の人生そのものなんだよ」
83:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 16:23:56.15 ID: ID:uxwqRYpB0
「それで、どうしようっていうんですか?」
「最後に一度だけ、彼女に会って話がしたい。
そしてさ、俺に人生を与えてくれた恩返しに、
俺の寿命を売って得た三十万を、彼女に渡したいんだ。
多分あんたは反対するだろうけど、別にいいだろ、
俺の寿命を売って稼いだ俺の金なんだから」
「……そこまで言うなら、別に反対しませんよ。
でも電車内で話すのは、もうやめましょう。
見てるこっちが恥ずかしいですよ」
とは言いつつも、ミヤギは妙に楽しそうだった。
家には帰らず、俺はそのまま街へ向かった。
トーストとゆで卵をコーヒーで胃に流し込むと、
俺は深呼吸して、幼馴染に電話をかけた。
89:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 19:54:19.48 ID: ID:VnWGrOgI0
好都合だった。こちらも色々と準備があるからな。俺はミヤギの手を取って、ぶんぶん振りながら歩いた。
道行く人には一人でそうやってるように見えただろうけど、
俺は気分がハイになってたから、どうでもよかった。
ミヤギは困ったような顔で俺に引っ張られるままにしてたな。まず美容室へ向かい、二時間後に予約を入れた俺は、
ショップに行って服と靴を買い、その場で着替えた。
新品の服を買うのなんて数年ぶりだった。新しい服に着替えて髪を切った俺の姿は、
なんだか俺じゃない誰かみたいだった。
ミヤギもまったく同じ感想をくれた。
「なんか、まるで別の人みたいですね」
正直言って嬉しかったな。俺、悪くないじゃん!
91:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 19:57:37.40 ID: ID:VnWGrOgI0
幼馴染と会ったときの予行演習をすることにした。昨日友人と会った時のレストランに入り、訓練を始める。
正面に座ったミヤギに向かって俺は微笑み、
「どうだミヤギ、感じ良く見えるか?」と聞く。
周りから見れば、壁に向かって微笑みかける変人だ。ミヤギはサンドイッチをもそもそ食べながら答える。
「んー、ちょっと笑顔がこわばってますね。
普段笑わないから、表情筋が弱ってるんですよ」「そうか。なら、夜までに鍛え上げてみせるさ」
俺は何度も笑ったり真顔になったりを繰り返す。
「……あなた、なんていうか、おもしろいですね」
「ああ。魅力的だろ? 惚れないように気をつけろよ?」
「気を付けます。しかし、浮き沈みの激しい人ですね」
実際、かなり浮かれてたんだよ、その時は。