56:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 15:14:10.69 ID: ID:uxwqRYpB0
ことあるごとに二人でマクドナルドに居座って、
何時間でも愚痴を言い合ったもんだった。多分、当時の俺たちが本当に言いたかったのは、
「幸せになりてえなあ」の一言だったんだろう。
でもそれを口にするのが怖くて、俺たちは、
何時間も呪詛を吐いてうさ晴らししてたんだ。しかし、久しぶりに顔を合わせた友人は、
たしかに愚痴こそ言うものの、あの頃とは
何かが根本的に変わってしまっていた。なんていうか、それは現実的で妥当な愚痴なんだな。
あの頃の理不尽で非現実的で的外れな愚痴とは違う。
今の彼が口にするのは、バイト先の愚痴とか、
彼女の愚痴とか、そういうのなんだ。
57:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 15:18:21.31 ID: ID:uxwqRYpB0
友人の話は露骨な自慢話になっていくし、
隣ではミヤギがぼそぼそ俺に話しかけてくる。俺は二人に同時に話しかけられるのが大嫌いで、
そういうことをされると、頭が破裂しそうになるんだ。で、あっさりと限界を迎えた。
まあ、ただでさえ余裕がなかったのもあったんだろうな。気が付くと、俺はミヤギに「黙ってろ!」って怒鳴ってたんだ。
店内が静まり返ったな。数秒後、一気に血の気が引いて行った。
友人に何か言われる前に、俺は金を置いて席を立った。
いよいよ精神異常者みたいになってきてたな。
こりゃ三十万しかもらえないわけだ。
58:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 15:20:36.35 ID: ID:uxwqRYpB0
体調は悪いくせに、目は冴えまくっていた。ちっとも眠れそうになくて、俺はテレビを見ようと思ったが、
そういえば自分でグラスをぶつけて破壊したんだった。
幸い音だけは出るみたいだったから、
俺はそれを巨大で不親切なラジオだと思うことにした。缶ビールを開けて、プリッツをつまみに飲む。
ミヤギは俺の観察記録を書いているようだった。
俺のレストランでの愚行について書いてるんだろうな。
60:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 15:22:21.16 ID: ID:uxwqRYpB0
「確かに、あんたの言う通りだったんだ。
俺は適当な嘘でもついて、さっさと店を出るべきだった」「そうですね」とミヤギはこっちを見ずに答えた。「それを書き終えたら、一緒に飲まないか?」「飲んで欲しいんですか?」と彼女は聞きかえしてきた。
「そりゃもうな。寂しいから」と正直に答えると、
「悪いですけど、仕事中なんで無理です」と断られた。
じゃあ最初からそう言えよって話だよな。
夜が明けてきて、小鳥のさえずりが聞こえ始める。
ミヤギは一分寝て五分起きるみたいなサイクルで
俺のことを監視しているようだった。
なんつうか、タフだよな。俺にはとてもできそうもない。
61:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 15:27:37.89 ID: ID:uxwqRYpB0
夕暮れになって、俺は目を覚ました。
にわかには信じられないかもしれないが、
もともと俺はかなり真面目な性格なんだ。
十二時に寝て六時に起きるのが基本でさ。
夕焼けに照らされて目覚めるってのは、新鮮な感じだった。
部屋のすみを見ると、ミヤギは変わらずそこにいた。
いつの間にかシャワーを浴びたらしく、
近くを通った時にせっけんの匂いがした。
同じ俺の部屋なのに、ミヤギのいる周辺だけは
まったく異質の空間みたいな感じがしたな。
俺は例のリストを眺め、今日は遺書を書くことに決めた。
近所の商店で便箋を買ってくると、俺は万年筆を手に取った。
62:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 15:33:55.22 ID: ID:uxwqRYpB0
最後にまともな手紙を書いたのはいつだろう?
俺は記憶を探る。おそらくそれは、小六の夏。あの夏、クラスの皆でタイムカプセルを埋めたんだ。
銀色の球形のカプセルに、当時の宝物ひとつと、
未来の自分への手紙を入れたんだよな。
皆、一生懸命書いてたな。案外面白いんだよ、あれ。二十歳になったらそれを掘り出そうって決めてたけど、
今のところ、何の連絡もきていなかった。
俺だけに連絡がきてないってことも考えられるが、
十中八九、係のやつが忘れちまったんだろう。
63:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 15:35:48.10 ID: ID:uxwqRYpB0
俺一人でタイムカプセルを掘り出してやろう、ってさ。そういうノスタルジックでロマンチックで、
甘い感傷に浸らせてくれるものを俺は求めていた。夜中になると、俺は電車で小学校に向かった。
スコップを納屋から拝借してくると、
俺は体育館の裏に行って、穴を掘りはじめた。すぐに見つかるもんだと思ってたんだけど、
案外埋めた場所って覚えてないもんでさ。
ミヤギは、穴を掘り続ける俺を、
近くに座ってぼうっと眺めてた。
なんとも奇妙な光景だっただろうな。
64:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 15:42:30.66 ID: ID:uxwqRYpB0
穴を掘りはじめてから三時間後くらいで、
その頃にはスコップを握る両手はマメだらけ、
身体は汗まみれ、靴は泥だらけだった。街灯の下に行って、俺はタイムカプセルを開けた。
自分の手紙だけ取りだそうと思ってたんだが、
ここまで苦労したんだし、いっそのこと、
全部に目を通しちまおうって俺は考えた。顔も覚えてないようなクラスメイトの手紙を開く。
その瞬間まで俺は完全に忘れてたんだが、
手紙には、最後に、こういう欄があったんだよ。
「一番のお友達は誰ですか」っていう欄がさ。
65:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 15:47:25.29 ID: ID:uxwqRYpB0
そこに俺の名前を書いてる奴は、一人もいなかった。なるほどね、と俺は妙に納得してしまった。
一番輝いて見えた小学時代さえ、この有様だ。ただ、ひとつだけ救いはあった。
例の幼馴染だけどさ、あの子だけは、
「一番のお友達」にこそ指名しなかったけど、
手紙の文中で俺の名前を出してくれてたんだ。
いや、これを救いと捉えるのも相当むなしい話だが。自分の手紙と幼馴染の手紙だけ抜きとると、
俺はタイムカプセルを元あった場所に埋め直した。
去り際、ミヤギがタイムカプセルを埋めた場所の上に立って、
地面を足でとんとんと均していたことを覚えてる。
66:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 15:51:48.68 ID: ID:uxwqRYpB0
俺は駅の硬い椅子に寝そべって始発を待った。
異様に明るいし虫も多くて、寝るには最悪の環境だったな。一方、ミヤギは全然平気そうでさ。
スケッチブックを取りだして、構内の様子を描いていた。
仕事の一環かな、と考えながら俺は眠りについた。始発の数時間前に目を覚ました俺は、
外に出て自販機でアイスコーヒーを買った。
変な場所で寝たせいで、体中があちこち痛んだ。まだ辺りは薄暗かった。
構内に戻ると、ミヤギが伸びをしていた。
なんか、人間らしい一面をようやく見た気がしたな。
ああ、この子も伸びとかするんだ、って感心した。
67:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 15:52:03.71 ID: ID:zFA6ntgb0
68:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 15:54:25.11 ID: ID:D5Gd8IlE0
69:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 15:54:50.41 ID: ID:uxwqRYpB0