27:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 14:02:44.12 ID: ID:uxwqRYpB0
俺はようやく物をまともに考えられるようになってきた。昨日、衝動的に寿命の大半を売ったことについては、
自分でも意外なほど後悔していなかったな。
むしろ、三か月も残さなきゃよかった、とさえ思った。
監視されっ放しの三か月なんてごめんだからな。
三日くらいしかいらなかったんじゃないのか?さて。自分の価値の低さを今さら悩んでも仕方ない。
問題は、これから何をするかだろう。三か月で。俺はルーズリーフを一枚取り出し、ペンを手に取り、
そこに「やりたいことリスト」を作成した。
いよいよそれらしくなってきたな。
28:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 14:04:53.70 ID: ID:uxwqRYpB0
やりたいことリスト。たとえば、こんな感じだ。
・幼馴染に会って礼を言う
・親友と会って馬鹿話をする
・なるべく多くの時間を家族と過ごす
・知人全員に向けて遺書を書く
・大学には行かない
・アルバイトにも行かない
まあ、全体的に平凡な発想だ。
誰に書かせても似たような感じになるだろうな。
32:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 14:12:20.21 ID: ID:uxwqRYpB0
俺の書いたリストを眺めていた。「それ、やめた方がいいですよ」
一つ目の項目を指差して、彼女は言った。
”幼馴染に会って礼を言う”。「なぜ?」と俺はミヤギに訊ねた。――幼馴染について、ちょっと説明するか。
夢にも出てきたその子と俺は、四歳からの仲でさ。
彼女が転校するまでは、どこにいくにも一緒だったんだ。
33:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 14:14:44.48 ID: ID:uxwqRYpB0
クラスで孤立した俺に唯一毎日話しかけきて、
「どうしたの?」って聞いてくれたのも幼馴染だった。離れ離れになった後も、辛いことがあったとき、
俺が思い浮かべるのは幼馴染のことだった。彼女がいなきゃ、今の俺は無かっただろうな。
まあ、無いなら無いでいいんだけどな。とにかく俺は彼女に感謝していたんだ。
ここ数年まったく連絡はとっていなかったが、
もし彼女に何かあったら、真っ先に駆けつけようと思ってた。
どんな形でもいいから、彼女に恩返ししたいと思ってたんだ。
34:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 14:17:21.94 ID: ID:uxwqRYpB0
「その幼馴染さんですけど」とミヤギは告げる。
「十七歳で出産してるんです。で、高校を退学。
十八歳で結婚しますが、十九歳で離婚してます。
二十歳の現在は、一人で子育てしてますね。
ちなみに二年後、首吊り自殺することになってます。
いま会いにいくと、多分『お金貸せ』とか言われますよ。
あなたのこと、ほとんど覚えてませんし」
35:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 14:20:27.06 ID: ID:uxwqRYpB0
そりゃ、がっつり傷ついたさ。がっつりな。
一番大切な記憶を台無しにされたんだからな。情けない話なんだが、二十歳になっても、
俺の根っこの部分はどこまでもピュアと言うか
ナイーヴというかセンシティヴというか、
ようするに子供の頃から成長していなかったんだな。何かが変わったり、何かが終わっていく、
そういうことが、いまだに耐えらないんだよ。
成人男性のくせにカナリヤ並に敏感なんだ。
36:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 14:22:32.67 ID: ID:uxwqRYpB0
「ふうん」と言いながら煙草に火を点けた。三本くらい吸うと、体調が悪いせいか、
嫌な感じに頭が痛くなってきてたな。
でも吸い続けた。色んなことを忘れるために。ミヤギは部屋のすみに戻っていった。
で、ノートにさらさらと何かを書いてたな。気が付くと、いつの間にか日が落ちていた。
俺は自分の書いたリストに目を落とし、
幼馴染の項に取り消し線を引いた。
それからもう一度リストをじっくり眺めて、
電話を手に取り、ゆっくりボタンを押した。
38:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 14:26:23.27 ID: ID:uxwqRYpB0
お袋の声を聞くのは、本当に久しぶりだった。
バイトと勉強が忙しくて電話をする暇がなかったからな。「急で悪いけど、今から実家に帰っていいかな」。
俺はお袋にそう聞くつもりだったんだ。
で、家族の無償の愛とやらに包まれながら、
余生を穏やかに過ごそうと思ってたんだよ。
だが、こっちが何か言う前に、お袋はべらべらと喋り出した。それは俺の二つ下の、弟の話だった。
お袋はことあるごとにあいつの話をしたがるんだよ。というのも俺の弟、ちょっとした有名人なんだ。
野球をするために生まれてきたような男でさ、
一年の時から甲子園で投げてるんだよ。
テレビにもしょっちゅう出てるんだ。自慢の弟さ。
39:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 14:28:05.41 ID: ID:uxwqRYpB0
お袋は、弟が連れてきた恋人の話までし始めた。「とにかく美人なのよ」とお袋は二十回くらい言った。
「同じ人間とは思えないほど美人でね、その上性格も……」
まるでもう孫ができましたみたいな話ぶりでさ。
俺の話なんて全く聞こうとはしてねえんだよな。実家に帰ろうという気持ちは、段々としぼんでいった。
最近では、その弟の素敵な恋人さんってのを、
しょっちゅう家に招いて夕食を一緒にするらしい。
その場に俺が混ざるのを想像しただけで死にたくなったね。俺は適当なところで電話を切った。実家に帰るのは、やめた。
41:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 14:33:48.02 ID: ID:uxwqRYpB0
好きなことでもして気分を紛らそうじゃないか。
それで明日になったら、また何をするか考えよう。というわけで、欲望の赴くままに過ごそうと決めた俺だったが、
その上で、どうしても邪魔になるやつが部屋のすみにいるんだよな。「私のことはいないと思ってくださって結構ですよ」
俺の気持ちを察したのか、ミヤギはそう言う。
だが、本人がいくらそう言っても、気になるものは気になる。
自分で言うのもなんだが、俺はかなり神経質なんだ。同世代の女の子に見られてるのを意識しだすと、
行動のひとつひとつがおかしくなるんだよ。
「自然体っぽい格好よさ」を出そうとしちまうんだな。
気付くと髪を触ってるんだ。完全に自意識過剰だ。
43:名も無き被検体774号+ : 2013/05/07(火) 14:37:17.01 ID: ID:uxwqRYpB0
「フィネガンズ・ウェイク」を読んで格好つけてた。
当然、内容はさっぱり頭に入ってこなかった。
余命三ヶ月だってのに、何をやってるんだろな。読書に飽きた俺は近所のスーパーに行って、
グラス付きのウイスキーと氷を買った。
ミヤギも菓子パンやら何やらを買いこんでた。
それを見た俺は、なんか幸せな錯覚に陥ってさ。実を言うと、俺には昔から憧れがあったんだよ。
同居してる子と部屋着のままスーパーに行って、
食材とかお酒を買って帰ってくる、って行為に。羨ましいなー、って思いながらいつも見てた。
だから、たとえ監視が目的だろうと、若い女の子と
夜中のスーパーで買物するってのは楽しかったんだ。
むなしい幸せだろ? でも本当だから仕方ない。