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332: ◆W/gSwczTMg 2014/08/27(水)18:49:38 ID:1n7rysPIO

「M和…」
私は蚊の鳴くような声で長女の名を言うことしかできなかった
「お、お母さん何してるの?ここで…」
「ひょっとしてこの子は君の…」
「長女です」
「長女ですじゃないよ!この人と何してるの?答えてよ!ねぇお母さん!」
詰め寄る長女が私の肩をつかみ前後に強く揺らした
「ごめんなさい…」
だって、それしか言えない
「きみ…」
事態を察した部長が止めに入った
長女はその手を振り払い
「お母さん!みんなお母さんの事を大好きなんだよ?S美だってお兄ちゃんだって、みんなお母さんが大好きなんだよ?どうしてこんな事をしてるのよ!ねえお母さん!お父さんにこれどう説明するの?何か言ってよ、ねえってば!」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「き、キミちょっと…」
「あなた誰なんですか!?会社の方ですか!?」
気丈な長女が部長に詰め寄った
「私は…」
「名刺見せてください!」

部長は名刺入れから長女に名刺を手渡した
きっと彼の薬指のリングを確認したのだろう長女は「あなたも家族持ちなんじゃない!最低!」と言って彼の頬を叩いた
「すまない、こんなつもりじゃなかったんだ」
「どういうつもりだったんですか!」
「酒を飲んでて少し自分を見失ってしまったようだ、本当にすまない」
「ねえお母さんこの人こんな事言ってるよ!お母さんはお酒を飲むとそういう事を平気で出来ちゃう人なの?今まで私達が信頼してきたお母さんはそんな人だったの!?ねえお母さん!」
「ごめんねM和…ごめん」
ぐうの音も出ないとはこの事だ、自分で穴を掘って生き埋めにされた方がまだマシだと思った
「違うんだ、大口の仕事で成功して、それで浮かれてしまって、誓う!僕とキミのお母さんは今までこんな事をしたことは一度もない、一緒に飲みに行ったのも初めてなんだ、な、そうだろうキミ」
部長が私の同意を求めたけど私は頷く事ができなかった
だってそんなのは何の言い訳にもならないことぐらい十分理解していたから
「汚いよ!二人とも汚いよ!汚い!」
長女が泣きじゃくりながら叫んだ

 

333: ◆W/gSwczTMg 2014/08/27(水)18:50:09 ID:1n7rysPIO

後ろから「どうしたの?」とルームメートがぞろぞろと外に出てきた
気を利かせた親友のR菜ちゃんが「行こう」って言ってルームメートをエレベーターの方へ引っ張っていってくれた
「すまない、僕らに少し時間をくれないか、頭が混乱してるから整理したいんだ、頼む、直ぐ帰るから」
彼はそう言って長女を諭した
「お母さん、この人と逃げる気なの?」
私は黙って首を横に振った
「逃げたりしない、必ず帰る、だから頼む、少し時間をくれないか」
「逃げたら一生許さないからねお母さん、私あなたの事を凄く好きだったけど、凄く尊敬してたけど、逃げたらあなたの記憶を金輪際未来永劫記憶の中から消し去るからね」
グサッと来た
心臓を抉り取られたような気がした

「M和、大丈夫、母さん必ず帰るから」
声を絞り出しながら辛うじてそう言った。
「タクシーに乗りなさい」そう言って部長は財布を取り出し彼女にお金を手渡そうとした
「要らない!あなたが出すのが筋でしょ、さっさと出しなさいよ!」
もはやお母さんとも言わなくなった長女が私に手を出した
私は一万円札を取り出し手渡した
「心配しなくていいよ、ちゃんとお釣りは返すからね、帰ってこれたらの話だけど」
そう吐き捨てると長女は帰っていった

「参ったな…」
部長は膝に手をつき、さすがに焦燥感を募らせているようだった
「帰ります」
「僕も一緒に出よう」
受付まで降りるエレベーターの中に気まずい静寂が訪れた

一緒に外に出て彼は私にタクシーを呼んでくれようとしたけど、私はそれを断った
「少し気分が悪いから電車で帰る」
「そうか、お互いどう対処したらいいか帰り道頭を冷やして冷静に考えよう」
そう言うと彼は自分のタクシーを止めて町の中へ消えていった

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334: ◆W/gSwczTMg 2014/08/27(水)18:50:57 ID:1n7rysPIO

彼のタクシーが町の光の中に完全に見えなくなると、私は電信柱の横にこれまで飲んで食べた物を全部吐き出した
お願い!夢から覚めて!
何度も心の中でそう叫んだけど、口の中の酸っぱい胃酸の香りが現実を知らせた
逃げたら絶対許さないという長女の言葉を思い出した
そうだ、私には帰らなければならない
それが私の責任なんだから

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タクシーに乗る、降りる、マンションのセキュリティボタンを押す、開く、エレベーターの前まで歩く…
死刑囚が絞首台に乗せられるまでの心境を私は理解することができる
行けば必ず死ぬと分かってて、あえてそこに行かなければならない心境
ドアノブに手をかける時のあの心境
思い出すだけで冷や汗が流れてくるわ
ギイ・・・ってドアが開いて
玄関に夫と長女と次女の靴があって
ああ、長男はまだ帰ってないのかってそういう記憶だけはやけに鮮明に覚えてる
玄関の照明は消されていて、薄暗くて自分でスイッチ押したら
私の荷物がどっさりまとめられていた
ギョッとした
私、捨てられちゃうんだって思った
何もかも失っちゃうんだって思った
長い間苦労して努力して創り上げた自慢の城が全てぶち壊し
泣きそうだった
でも泣いたら終わり
だって傷つけたのは私なのだから、泣くのはおかしい、私が泣くのは筋が通らない
それぐらいの判断をする冷静さはあった

 

335: ◆W/gSwczTMg 2014/08/27(水)18:51:34 ID:1n7rysPIO

リビングの証明は点いているのに物音ひとつしない
不気味な静けさだった
怖い、入りたくないよって凄く思った
入れば捨てられちゃう
心は拒否反応を示すけど、何故か足はリビングの入り口に勝手に進んでいく
リビングの入り口に立つ私

黙ってソファーに座る夫が視界に入った
いつもは優しくお帰り!と言ってくれるキス魔の夫が声一つ発せず腕組みをしながら目を瞑ってた
続いてパソコン机の椅子に座る長女と地べたに腰を降ろした次女が視界に入った
誰も何も言わない
私は静かに夫の前に立つと床に正座し土下座した
「すいません」
それしか言い様がなかった
「ただいまを言わないって事は帰るべき家ではないって自覚はあるみたいだね、ちゃんと荷物はまとめておいてあげたから」
長女が冷たく言った
ビクン!とした
自業自得だけど帰りたくない!って思った
捨てないで!って思った

「事情は概ね聞いたよ、一応君からも説明してくれないか」
いつもキラキラ輝いてる愛情に満ちた夫の瞳は、黒く沼の底の様に濁って見えた
「はい…」
「お母さん、他の人のこと好きになっちゃったの?」
兄妹の中で一番私にベッタリな次女が泣きそうな声で私に言った
私は小さく首を横に振って否定した
「他の人のとこに行っちゃうの?」
次女が続けて言った
私は応えようがなかった
それは夫が裁くべきことだから
「お母さん…」
出て行くのかと思ったのか次女が泣き出した
「へ~好きでもない人とあんな事出来ちゃうんだ?最低だね!」
長女の怒号が響いた
「ごめんなさい」
長女は情に厚く正義感の強い子だから余計に私の事が許せなかったと思う
「M和は黙ってなさい」
夫が長女を嗜めて、私に発言を促した
私はザックリとした事のあらましを夫に伝えた
欠けてる部分を長女が補足したりした
長女は私たちの後にカラオケルームに来て、小窓から私が知らない男の人と居るのを発見したらしい
不穏な空気を察した長女はトイレに行くふりをして何度も偵察に来ていたそうだ
R菜ちゃんは私と面識があるので途中で私の存在に気がついて長女と一緒に心配してくれていたらしい
それでいよいよ私たちが明確な不倫行為をはじめたとき、堪らずドアを叩いたと
最悪だと思った
最悪の母親だと思った

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