779: 776 2014/09/28(日)04:32:50 ID:S0K56Dcw1

そして25歳の冬。
十年近く付き合っていたY子とT郎が結婚する事になった。
式に呼ばれ、披露宴会場を見渡せば優雅な独身貴族かカップルだらけ。
自分の人生を悲観した事は無いが、人生を満喫してる
楽しげな友人達を見ているとやはりどこか羨ましかった。
Y子とT郎には悪いと思いつつ、リア充爆発しろと密かに唱えてた。

蛇足だが、父は割と稼ぎがある為、傍からは家計に余裕が有るように
見えるようだ。しかし母が難病で手取りの半分は病院関係の費用に
消える。だからお金が無くて月末には食事に困るような時もあった。
水道や電気、ガスが止められたのは一度や二度では無い。
恥ずかしい話、私が就職するまでは安普請の2Kの狭いアパートに
五人で暮らしていた位には貧乏だ。
父が必死に稼いでいるのも母の医療費や生活費の為で
会社に叱られても残業して稼いでくれていた。

私が就職して少し家計に余裕が出来て
小さいながらも、漸くマイホームを建てる事が出来た時
夜中に父と母が真新しいダイニングで嬉しげに泣いていたのを
こっそり見た時は、私も嬉しかった。
そんな訳で私はお金を稼いでいないと不安になるという変な癖があった。
高校と大学も、部活とバイトと勉強しかしなかったから
友達もあまり多くは出来なかった(笑) そのおかげなのか、所為なのか
遊ぶと言うのもよくわからなくて、披露宴会場で皆が話している
内容にすらついていけない程だった。

披露宴でリア充全員爆発しろと念じている時、A男と再会した。
彼は単身赴任で戻って来て居たらしく、仕事の都合で遅れてしまったが
彼も招待されて居たらしい。
それをきっかけに話すようになって、それから暫くしてA男に
結婚を前提に付き合わないかとプロポーズされた。
一度別れたが、嫌いで分かれた訳ではないし、独り身を寂しいと
思っていたのもあって、再開してから一月後位には付き合うのをOKした。

それから一年後。A男の誕生日に指輪を貰って、正式に婚約した。
両家への挨拶の時に、実家で同居していたK先輩やK嫁先輩にも
報告をして、とても喜んで貰えた。
その一月後には距離的に両家の間を取って、都内で結納を交わした。
相場の金額を貰い、私からはA男家に花嫁道具代わりに大型の冷蔵庫を贈った。
その結納が終わった後、都内にいるそれぞれの友人を呼んで
お互いを紹介する感じの気軽な婚約パーティーの様なものもした。
この時に私は大学の友人を何人か呼んでおり、その中にB女も居た。
その友人たちがカンパして用意してくれた
婚約おめでとうと書いてあるケーキが出され
それを囲んで写真を撮らせて貰った。

780: 776 2014/09/28(日)04:38:27 ID:S0K56Dcw1

だがその年の春間近、地元を大きな地震が襲った。
私は運転中に地震が起きて車内で一人、あり得ない位上下に揺られた。
その地震が元で地元は大なり小なり被害を受けたのだが
それと同じ位酷い問題が浮上した。
地元にある原子力発電所で事故が起きて、放射能問題が起きた。
幸い実家はギリギリ危険区域から数メートル離れてて避難は免れたが
それでも現場から車で20分弱の距離にある。
放射能問題で国家レベルで話し合う事になった。

そしてこれがきっかけでA男は本社に呼び戻される事になった。
その話をしに来た彼に「一緒に関西に来て欲しい」と言われた。

しかし私はこの時、仕事の努力が報われて役職もあり
仕事を辞める気にはなれなかった。
予定としてはA男の赴任も後五年ほどあったし、結婚しても
地元でそのまま働くつもりだった。
だがA男は離れて暮らすには距離がありすぎるし、心配だから
仕事を辞めて関西に来てほしいとずっと説得してきた。
私は危険区域と言われていても死にはしないから大丈夫だと
言ったのだが、A男に今はよくてもこれから生まれる子供の事も
考えろと何度も諭されたのと
丁度関西で避難の対応をしてくれる所もあるし
Y子とT郎も身体の影響を心配して関西に行くと言うのもあって
A男にY子達も居るんだから良いだろう?と言われ
私も渋々折れて退職し、A男について行く決心をした。
何よりもA男に「これからの私子の生活は俺が責任を持つ」と
言ってくれたのが大きい。

親はせっかく役職もついた仕事を辞めてまで行く必要はあるのか
A男に私子を養う甲斐性はあるのか、責任を持てるのか等と言いながら
心配して中々賛成はしてくれなかった。
結婚後も数年は地元にいる予定だったし
両親にはどうやらA男の優しい所が、頼りなげに見えているようで
震災でのゴタゴタも相まって、不安だったらしい。
しかしA男は婚約者でもあるし、A男のほぼ毎日の様な説得と
関西にはA男の実家がある事、そして何よりA男の兄であるK先輩が
実家で同居だと言うのが大きかったらしく
渋々ではあるが送り出してくれた。

781: 名無しさん@おーぷん 2014/09/28(日)04:40:01 ID:I96UhNyRh
まだ読んでないけど長そうだから④
782: 776 2014/09/28(日)04:42:39 ID:S0K56Dcw1

>>781 支援ありがとう。

所が仕事を辞めていざ関西への引っ越しを準備していた時
関西でアパートが見つかるまで
A男の実家の一室を間借りする予定だったのだが
A男経由で、実家で同居しているK先輩から待ったがかかった。
なんでもK先輩達が
「子供が繊細な病気で他人を入れるのはストレスになる
いくら婚約者だとしても、申し訳ないが、今は遠慮して欲しい」
と言ったそうだ。
A男からそう言われて、強引に住み込むなど出来なかった。
私としても、その時は少し良くなり始めていた母ではあったが
病気で苦しんでいた時代を物心ついた頃から見てきている。
他人が居て心休まらない事も知っていた。
それにK先輩達の子供と聞いて、迷惑などかけられなかった。

しかし仕事も辞めてしまい
引っ越しも後は荷を運ぶだけという所まで来て
私は引っ込みがつかなかった。
そこで私は都内にマンションを借りる事にした。
A男の仕事は都内と関西を行ったり来たりするし
都内近くで泊まれる所があると助かるのにとずっと言っていたからだ。
彼の会社になるべく近い所を探し、広めの部屋を借りた。
A男も助かると言っていたし、震災での仕事のゴタゴタが片付いたら
A男実家に世話にはならずに、そのまま直接二人で
住める部屋を探そうと約束した。
ちなみにこの時の部屋は実父に保証人になって貰って
費用も全て自己負担。都内の被災支援が受けられなかったのが悔しい。
初めての引っ越しと賃貸契約で父と二人でてんやわんやだった。

しかし実際問題、仕事を見つけても
その収入だけで生活をするのは厳しかった。
貯金と退職金等で切り詰めたとしても、二年もすれば底を突いてしまう。
A男の仕事の目途がいつつくか分からないし、どうするか悩んでいた。
そんな時、B女から連絡が来た。婚約発表の飲み会以降は
メールでのやり取りしかなかったが、引っ越しの事を聞きつけて
休みの日に会いに来てくれたらしい。
彼女は都内に勤務先があったが、埼玉に住んでいた。
ちょうど私とは真逆の場所で、寧ろ私のマンションからの方が
彼女の職場まで自転車で通える程近かった。
彼女は仕事帰りに私の所に寄る事が多くなり
たまに飲み会の帰りに泊めてほしいと言ってくることもあった。

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